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みにミニ法話

(238)「天の思い」

天の思いというテーマですが、天は神仏に置き換えられます。
そしてまた私たちには見えない存在です。

目で見たり、手に触れることのできることのみを信じる人にとっては、
理解できないことかもしれません。

実際に、見えないものとしての、神や仏は信じない
という人もいらっしゃるので、この世で生きていくというのは、
難しいものです。

「天は自らを助くる者を助く」という言葉があります。
この天とは何でしょう。天にいる神や仏です。

そんな神仏が私たちの日々の暮らしを見ていて、
一生懸命努力をしている人には、助けをくださるというのです。
そうではなくて、人のことばかりあてにしていて、
努力もしない人間には、助けはくださらないわけです。

ここから分かる天の思いは、
努力をしている人を「善し」としていることです。
肯定していることです。

努力するには苦労が伴いますが、必ず天はそれを見ていて、
何らかの手助けをしてくださると思います。
「99%の努力と1%のインスピレーション」という言葉もありますが、
そのインスピレーションは、努力を善しとして、天からの手助けの言葉です。

しかし、人は努力しても報われないという人もいます。
それはさらなる努力がたりないか、
本当の自分の力に目覚めていないともいえます。

こんな諺もあります。
「天は二物を与えず」です。

これは善いところばかりそろった人はいないという意味ですが、
違ったとらえ方をすると、一つは利点なるものを与えてくださっている
とも取れます。

私は何のとりえもないという人もいますが、そうではなくて、
その人だけに与えてくれた利点が一つはあるものです。

自分にしか咲かせない花が誰にでもあります。
その花は、天から頂いたもので、
決して人が咲かせてくれるものではありません。
自分の花を咲かせるには、自分をよく理解し、
利点を伸ばすために努力することです。

この意味で、天は私たちが、生きにくいこの世に生まれでるとき、
強く生き抜くための一つの大いなる力を、
一人一人に与えてくださっているといえます。

天は、いつも私たちのことを気づかい、考え、
導いてくださっているのです。

それを信じようが信じまいが、
天はじっと忍耐強く、私たちを見守っています。
ときどき、天の思いを察してみましょう。