ホーム > 法愛 11月号 > みにミニ法話

みにミニ法話

(240)「努力の勝利」

何事も努力しなければ、事は成り立ちません。
これはよく知っていることです。

しかし、人間は往々にして怠け癖があるものです。
ゆとりは大事なのですが、子どもの内からゆとりはいけません。
一生懸命努力し、学んでいけば、
必ず世に出て成功することを教えなくてはなりません。

お釈迦さまも努力の大切さを説いています。
「怠ることなく修行に励みなさい」
というのが最期に語った教えでした。

この努力も一時的なものでなく、
長く続けていくことが大切になります。

オリンピックでメダルと取るような選手は、
才能もあるでしょうが、私たちの知らないところで、
練習を積み、精神的な負担と闘いながら、
どれほど努力をしていることでしょう。

表彰台に上った選手の笑顔からは、
そんな血の出るような努力の形跡は見られません。
それがまた美しいのだと思います。

「私はこんなに努力した」
と言って自慢する人に対して、好感を持てないのは、
努力は表に出すものではないことを物語っています。

美しい白鳥の泳ぎも、
見えない水面下で足を何度も動かしながら泳いでいます。
その足を動かす努力が見えないゆえに、美しく見えるのでしょう。

砂時計は小さな穴から、少しずつ砂が下に落ち、
3分たてば、上の砂はみな下に落ちます。
それで「ああ3分たったのだ」と分かります。

一度に上の砂を落してしまいたいという考えもありましょうが、
そうすると砂時計の役割を放棄してしまうことになります。

人間の生き方も同じで、少しずつ自分の目標に向かって努力し、
いつの日かその努力が報われて、成功という勝利を得るわけです。

私たちは、みな役割を持って生きています。
それぞれの役割に従って、砂時計のように、
少しずつ努力を積みかさねていけば、
やがて必ず、勝利の日が来ます。

自分の役割を大切にし、そのための努力を怠らず、
日々少しずつ、努力を継続させていく。
そしてその努力をひけらかすことなく、たんたんと続けていく。

そこに人としての美しさがあり、
そんな努力が日々の幸せをもたらすとともに、
やがて必ず、勝利の鐘の音を響かせることになるのです。