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みにミニ法話

(236)「豊かさを求めて」

豊かであるというのは、とても良いことです。
豊かであれば、水にも困らず、電気にもこまりません。
衣類や日常の品々や、食べ物にも困りません。
豊かであることはよいことです。

そして心も豊かであることはよいことです。
心の豊かさの一つは、感謝できる心を持っているということです。

私たちは生きにくいこの世を、
自助努力して生きぬいていかなくてはなりませんが、
生きぬく力と共に、生かされている真実をよく知り、
感謝の心を失わないようにしなくてはなりません。

お金に豊かであるというとき、宗教的な思いを持っている方は、
お金持ちを悪いものであるとか、「お金では幸せにはなれない」などど、
考えやすいと思います。

いつだったか、マザーテレサの教会の人がニューヨークに行って、
あるホテルで事務を取ったときに、ホテルの部屋にある絨毯を贅沢だといって、
窓から捨てている光景を見たことがあります。
宗教的といえば、きれいに聞こえるかもしれませんが、
少しいきすぎのような思いを持ったことがあります。

お金自体には、善も悪もありません。

それを使う人の心に善悪を分ける思いがあるわけです。
心豊かな人は、そのお金を幸せのために使います。
心貧しい人は、大金を自分のためだけに使い、
他の人の幸せのために使おうとはしません。
物惜しみが強く、お金を握ったまま、棺桶に入るような生き方をします。

お金があることはよいことですし、
お金があれば悩みの8割は解決すると言われています。
お金もあり心も豊かである、というのが理想です。

そのために、誠実に努力し、常に人に役立つ仕事をしよう、
生き方をしようとすることが大事になります。

そして生かされている自分に感謝し、
その感謝の思いを分け与える生き方に変えていきます。

そんな思いを心の中に貯金していくと、心も豊かになっていき、
物質的にも困らない日常を送ることができるようになります。
「物も心も、共に豊かであれ」と、常に豊かさを肯定的にとらえ、
豊かさを求め続けていくことが大切です。


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