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しきたり雑考(56)

トイレについての迷信

今月は「トイレについての迷信(信仰)」ということで考えていきます。
『なぜ夜に爪を切ってはいけないのか』角川新書 北山哲著参考

トイレをきれいにすると美しい子が産まれるという迷信(俗信)があります。
昔、何となく聞いた迷信です。今ではこの迷信を語る人も少なりました。

多くの家では水洗になって、トイレもきれいに使えるようになってきています。 昔の迷信なので、おそらく水洗ではない時代のものです。
昔は「厠」(かわや)と言いました。この字は廁(かわや)という字が変化して、
この「厠」の字になったのです。

この「廁」は「側」(かたわら)という字から来ていて、
意味が「家の片隅に置かれるものとして、便所をあらわす」わけです。
また「厠」は「川屋」から転じた言葉であるとも言われています。
昔のトイレは水が流れる川へ排泄物を流す仕組みになっていました。
川の水は、やがて海に流れていきます。海は生命の源ですから、
その源に流れ去っていく、その本(もと)が川屋であったのです。

そこで何を考えたかというと、
そんな本となる大切な場には、きっと神様がいらっしゃると信じ、
その神様を厠神(かわやしん)として祀り、大切にしたのです。
生命の源を司る神様なので、家を守るのはもちろん、
出産の神様としての力もあると信じたわけです。

ですから、妊娠をした女性がトイレを掃除すれば、
厠神のご加護を得て、美しい子、元気な子が産まれると信じたのです。

トイレに花を生ける人もいますが、
それはトイレを飾りきれいにするという意味ばかりでなく、
トイレの神様に感謝の思いでささげ、飾ったのです。

仏教では、やはりトイレに神様を祀っています。
その神様の名前は「烏枢沙摩明王」(うずさまみょうおう)といいます。
この神様は古代インドの神様で「アグニ」と呼ばれ、炎(ほのお)の神です。
明王様ですから、とても怖い顔をし、片足をあげているのが特徴です。

この神様の働きは、
「一切の汚れを焼き尽くす功徳」を持っているとされています。
烈火で不浄を清浄にするのです。さらには、日々の生活の中にある
現実的なあらゆる不浄を清める力もあると言われています。

そんな神様をトイレに祀り、その神様を信仰することで、
身と心の汚れを祓い、日々を清らかに生きることを願ったのです。
トイレをきれいにすることは、神様への感謝の意味もあるのです。

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