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法華経の詩

法華経の詩(79)

授学・無学人記品 第九(1)

長老で 仏 世尊に
身近に長く使えていた阿難(あなん)と
同じく長老であって
仏の実の子である羅ゴ羅(らごら)が
心の中で思い考えた

私たちも未来世において
この上ない「さとり」を開き
仏となる予言を受けよう と
そして 仏の両足の足もとにふして
仏に語った

世尊よ わたくしたちに至るまで
恩恵を授かる機会を授(さず)けたまえ
わたくしどもも
阿耨多羅三藐三菩提
(あのくたらさんみゃくさんぼだい)という
この上ない「さとり」に至るであろうという
予言を頂ければ 誠にありがたく思います

学(がく)という 修学中の弟子や
無学(むがく)なる すでに修学を終えた弟子である
二千以上の僧たちも立ち上がって
手を合わせ 世尊に予言を請うた
仏は 長老阿難(あなん)に語った
あなたは未来において 完全な「さとり」を得て
山海慧自在通王(さんかいえじざいつうおう)如来
となるであろう
仏となり ガンジス河の砂の数ほどの求法者に
完全な「さとり」を成就させるであろう
その仏国土は清浄にして 瑠璃(るり)づくりで
繁栄するであろう
その国を 常立勝幡(じょうりゅうしょうばん)という

あなたは海のごとく深い理性を持ち
神通力を得たものとして 
その名は 弘(ひろ)く知られるようになる
そして はかりしれない長い寿命を終えて 
入滅しても あなたの正しい教えは
さらに限りなく続いていくであろう

※羅ゴ羅のゴは「目候」