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しきたり雑考(93)

山の神

今月は「山の神」についてお話しします。
{『日本迷信集』今野圓輔著 河出文庫を参考}

山に神様が住むというのは、よく聞く話です。

昔は人が亡くなると山に帰るとか、あるいは春になると、
田畑に山の神様を迎え、豊作を願ったという話が今でも残っています。

私自身山を見ると、
この山には何かいるという感覚を得ることがあります。

たとえば、木曽谷を車で走っていると、
木曽のある山に、得体の知れないモノを感じて、
この山には何かいる。そんな霊的な感覚をいつも持ちます。

登山なので山開きをするとき、宮司さんを呼んで、
儀式を行い、その山に入るお許しを山の神に祈る様子を
報道などで見たことがあります。

あるいは狩猟などで山に初めて入る時、
山の神様に供え物をして、無事であることを願い、山に入ります。

木で茂った山の奥底を下から見上げると、
「ただモノ」でない雰囲気を感じる人も多いのではないかと思います。

松谷みよ子さんの参考にしている本には、
山の神について、実際にあった出来事が幾つも出てきます。
一つ紹介します。岐阜県での話です。

当地では昔から2月28日(地方によって、日が違っていますが)、
山の神様の日と言われ、神様が山の立ち木を数えて歩かれる日なので、
その日は終日山小屋にこもって敬虔な気持ちで、お神酒を供え、
五平餅などを作って仕事をしないしきたりであった。

昭和32年ごろこと。
山の神様の節句の日、囲炉裏で焼く、枯れ枝がないので、
山にいって取ってきてくれと母に頼まれ、気が進まなかったが、
しぶしぶ山に入り、枯れ枝を集めて、それをソリに載せて、山を下りようとした。

すると、雪道に足をとられ、ソリの下敷きになってしまった。
助けてくれと人を呼べども、節句のことだから、山に来る人もなく、
やっとのことで家に帰ることができた。

その時は、もう死んでしまうかとも思った。
2月28日は、決して山に行かないほうがいいいと、山の神が罰を与えたのだと。

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