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ことわざ雑考(10)

御意見五両 堪忍十両

今月のことわざは「御意見五両 堪忍十両」です。
「ことわざ・名言辞典」(創元社)

相手から「それではいけない」と意見を言われたり、忠告をされる。
それは五両の価値があり、耐え忍ぶことは十両の価値があるという意味です。

ですから、相手から忠告をされ、
「何を言っているんだ、お前のほうこそ悪い」
などと言えば、五両を失ったことになり、
もう耐えきれないと逃げたならば、十両を失ったことになるわけです。

しかし自分の身に危険だと思えば、
耐え忍びはやめて、逃げなくてはならない時もあります。

私が高校の時に、確か地理のテストで、
ガムを噛みながらやっていた奴が2人いました。
テストの時間が終わった時、先生が急に大きな声を出し、
「テスト中にガムを噛んでやるとは何事だ!前に出ろ!」と言い、
その奴が前にでると、平手打ちをしました。

「もう1人出てこい」と怒鳴ると、
もう1人の奴は「すみませんでした」と頭を下げたので、
先生はそれ以上何も言わず、解答用紙を持って、教室を出て行きました。
普段は非常に温厚で、寝ていても怒りもしない先生でした。

私が怒られたのではありませんが、
「間違ったことをしてはいけない」という教訓を得た気がしています。
この価値は、五両以上かもしれません。

二十歳過ぎて、修行僧堂(200km)に歩いて行きました。
初めてつける草鞋(わらじ)が足に食い込み
4日ほどすると、足がふくれあがって血が出るほどでした。
お年寄りが歩いていても私を追い越していく、
そんな速度でしか歩けなくなっていました。

今思うと、そんな忍耐も、今活かされているのではと思い返します。
十両より価値があるかもしれません。

修行僧堂では、3年ほど行ってきましたが、1年目は毎日怒られました。
同僚と同じことをしても、私だけが怒られるのです。

2年ほどして、道を歩いていると、先輩が急に私の頭を平手打ちするのです。
そして「あ、蚊(か)だ」と道路を指さします。
私は「ほんとうだ」と言って、笑い合ったことがありました。

本当は蚊などいません。
頭を平手打ちされても、忍耐の価値を得た、禅坊主のまね事ができた
という、そんな気がしています。

今は、私を叱ってくれる人はいません。
自分が自分を叱る、寂しいですね。

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