ことわざ雑考(8)
公家にも襤褸
今月のことわざは「公家にも襤褸」です。
「ことわざ・名言辞典」(創元社)
公家は身分の高い人の意味。
襤褸(つづれ)はどちらの漢字も、ぼろとか破れた着物(服)の意味。
合わせると、身分の高い人でも、身にぼろを着ると品性が落ち、
あやしげに見えるという意味です。
反対のことわざに「馬子にも衣装」があります。
衣装というのはとても大事で、その人の人柄が現れるものです。
特に制服は、その仕事の姿を現すものです。
警察官や看護師、宮司や僧侶も、その衣装で、
どんな仕事をしているのかわかります。
病院へ行って、そこに僧侶の衣装を着ている人が医師の仕事をしていたら、
襤褸(つづれ)のように、あやしげな姿に見えるでしょう。
衣装といえば、一休さんに有名な話があります。
あるとき一休さんが、格式のある屋敷に法要に頼まれ出かけました。
何を思ったのか一休さんは、ぼろの衣を着て出かけたのです。
その家の屋敷の門を入ろうとすうと門番が制止(せいし)して、
「お前は誰だ」
と尋ねました。
一休さんは、
「今日、法要を頼まれた一休です」
と答えました。
門番は、
「一休和尚という尊い坊さんが、そんなぼろをまとった衣で来るはずはない。
帰れ。帰れ」
そう言って、一休さんを屋敷に入れてくれません。
一休さんは何を考えたか、出直して、金色の衣をその屋敷に届け、
「どうも、高価な衣装が、私であると思っているようだ。
だから、私の代わりに、この金色の衣を届けます」
と。
屋敷の主は、平謝りで、一休さんにお詫びをしたという。
そんな話が残っています。
確かに衣装は大事でしょう。
ところで、心にも衣装があると知っているでしょうか。
心も食事を取ることが大事であると知っているでしょうか。
この「法愛」は心の食事であると前々からお伝えしていることです。
また、心にも衣装があって、
やさしさの衣装、感謝の衣装、慈しみや笑顔の衣装があります。
あるいは不平の衣装、どん欲の衣装、怒りや嫉妬の衣装もあります。
どんな衣装をみなさんは着ていますか。
心の鏡に写して、見てください。
