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ことわざ雑考(6)

貝殻にて海を量る

今月のことわざは「貝殻にて海を量る」です。
「ことわざ・名言辞典」(創元社)

このことわざは、
小さな貝殻で大きな海を量っても、量りつくすことはできない。
そのように浅学、非才の身で大きなことを論議したり、しようとしたりすること、
とあります。あるいは「貝殻にて海を干す」ともいいます。

小さな貝殻で、海を量れるはずはありません。
自分がどんなに勉強が足りないかを、自らが知ることは難しいことです。
謙虚に学び続け、子どもから大人まで、善いと思えば、その言葉や行動から学び、
自らの人格を大きくしていかなくてはならないわけです。

このことわざに接して思い出すのは「盲亀浮木」(もうきうぼく)のたとえです。

お釈迦様の弟子である阿難(あなん)に、お釈迦様が尋ねます。
「阿難よ、あなたは人間に生まれてきたことを、どのように思っていますか」
阿難は答えます。
「大変喜んでいます」「どのくらい喜んでいるのですか」
阿難は答えられません。
そこで、お釈迦様はこの「盲亀浮木」のたとえを語ります。

「はてしなく広がる海底に、目の見えない亀がいました。
 その亀は百年に一度、海面に顔を出すのです。
 広い海には一本の丸太棒が浮いています。
 その丸太棒の真中に、小さな穴が開いていたのです。
 丸太棒は波のままに、東に西へと浮いて移動しています。  阿難よ。その目の見えない亀が百年に一度浮かび上がって、
 その丸太棒の穴に、頭を入れることがあるだろうか」

阿難は
「考えられないことです。ないかもしれません」
「阿難よ。私たちが人間として生まれてくるのは、
 その亀が丸太棒の穴に頭を入れるよりも難しいのです」

「有ることが難しい」ということで、
この言葉を簡単にすると「ありがとう」になります。

人間に生まれてくることを当たり前と思い、
日々の暮しを粗末にしたり、わがままな生き方をしたり、
隣の人を傷つけてしまう。これも非才のなす者の行いかもしれません。

常に「ありがとう」の精神を学び、
その言葉を大事にしていくことで、人としての重みが増していきます。

そして人として生まれてきたのだから、
自分が幸せになり、その幸せを分けてあげられる生き方をすれば、
この「貝殻のことわざ」に惑わされることはないでしょう。

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