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みにミニ法話

(316)「温もりの心」

3月になると陽の光があたたかく温もりを伴って、
野に小さな花たちが咲き始めます。

名も知れない、そんな花たちを見ると、
心もあたたかくなり、幸せを思います。

これは季節の中で味わう尊い思いで、
ごく自然な営みとしてとらえがちですが、
少し考えを深めていくと、この春の温もりは、大いなるものが、
「人の心にも温もりの思いが必要ですよ」
と、知らしめるために与えてくれているものではないかと思えます。

人は人との触れ合いで、さまざまなことを学びますが、
その中でどう生きて行けばよいのかと迷うことが、たくさんでてきます。

そんなときに、春の温もりを思い返し、
その温もりが、人と人との触れ合いの中に花を咲かせ、
私たちに安らぎを与えてくれる。

そんな自然の景色を見て、あるいは読み取って、
私たちもそんな心の温もりを得たい。
できることならばそんな人になりたいと思わせ、
人と人とが幸せに暮らせるようにと、
大いなる存在が、あえてこんな世界をお造りになった。
そう考えても、よいかもしれません。

人の温もりは心の内にあるものですが、
それが外に現れると笑顔の姿になります。

怒りの顔や不満の顔、あるいはどん欲な顔など
さまざまな顔がありますが、その中で笑顔の顔は、
花のように相手に安らぎと幸せの思いを伝えていきます。

樹木希林さんが亡くなられて、
生前の言葉をまとめた本が、ずいぶん売れたようです。

その『樹木希林120の遺言』という本の中に
嫌な話になったとしても、顔だけは笑うようにしているのよ
という言葉が載っていました。

そうすると、
面白くなくても、だんだん嬉しい感情がわいてくるのよ
とも書いています。

笑顔の家には邪悪なものが寄りつけない、とよく言われることです。
夜道の帰り、我が家に灯された一つの明かりが、心を和ますように、
温もりの笑顔が、幸せを作っていきます。

そんな温もりは、もしかすると、大いなる存在とつながっていて、
そこから流れてくる幸せの温もりかもしれません。

自らが温もりの心を抱き、
その温もりを春の陽のように周りに漂わせていく。
そこに幸せの花が咲いていきます。