みにミニ法話
(315)「寒梅のほほえみ」
先月の1月20日は大寒でした。
それ以来、寒い日が続く中、車である信号で止まっていると、
左側の垣根の上に梅の花が赤く咲いていました。
こんな寒い日が続くのに、もう梅の花が咲いている、
その様子を見て、なぜか心がほっとする、そんな思いになりました。
花のほほえみは、心を癒してくれます。
野にはまだ花は咲いていませんし、
田畑も冬枯れで、凍てついていて、寒々しています。
そんな中で、今咲いている寒梅のほほえみは、
何にも代えがたい幸せを与えてくれます。
寒梅のほほえみを、
また違った人と人との触れ合いの中で考えていくと、それは笑顔であったり、
あるいは困っているときに掛けられた優しい言葉であったり、さまざまです。
そんなほほえみを人に与えられる、
そんな生き方を多くの人が大切にできれば、
家庭も、この世も、もっとほほえみの世に変わっていくと思えます。
こんな投書を見つけました。
85才になる女性の方の投書です。
優しい言葉に勇気づけられた話です。
かけられたこの言葉も寒梅のほほえみに似て、優しさが香ります。
「看護師の優しさ 素直になれた」という題です。
「看護師の優しさ 素直になれた」
大病を昨年患い骨折もして、デイサービスのお世話になっている。
当初は情けなくて、食事を運ばれてもおやつが出されても、
悲しくてうつむいていた。
すると看護師さんが、私の背に優しく手を当てて、
「今まで人のために一生懸命働いてきたのですから、
今度は自分が受ける番でいいのですよ」
と言ってくださった。
その一言で、しばらく涙が止まらなかった。
人は年を重ねて体が弱る。
立場の逆転をなかなか受け入れられなかったが、
今は素直にありがたくお世話になっている。
(読売新聞 平成30年12月29日付)
こんな投書です。
優しく手を背に当てる。
これも寒梅のほほえみのような力があるし、
この女性に語った看護師さんの言葉も、とてもほほえみの香りがします。
そしてさらに、相手のほほえみを受け入れる、
心の器も大切になってきます。
いつも怒りで心が満ちていれば、
寒梅のほほえみを受け取ることができません。
お互いに心を穏やかに、ほほえみ合う。
そんな心根を大事にして、今日の日を生き抜いていくことです。
そう寒梅の花が語りながら、ほほえんでいます。
