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みにミニ法話

(253)「「ありがとう」の力」

「ありがとう」を言う大切さは、誰もが知っていることでしょう。
感謝の力と言い換えてもいいと思います。

ありがとう言われれば嬉しいですし、
言っている本人も幸せな気持ちになれます。
逆に、こちらが一生懸命してあげて、
それに対しありがとうを言ってもらえなかったり、
してもらって素直にありがとうが言えなかったときなど
気まずい思いをします。
この意味で、ありがとうは不思議な力を持っているといえます。

まず、ありがとうの言葉を言えるために、
自分が支えられていることを素直に見つめて、知ることです。
そのために、まわりの事ごとや相手の人のことを冷静に見つめる、
そんな眼を養うことです。
それは自分が人として向上していくということでもあります。

そして、恥ずかしがらないでありがとうが言える、
そんな努力を厭(いと)わないことです。
努力していれば、ありがとうが言えるようになるのですが、
その言葉に思いやりの心が添えなくなる時もあります。

ですから時々、ありがとうの言葉を言っている自分の思いを点検し、
優しさや慈しみの思いが添えられているかどうかを静かに見つめてみます。

ありがとうの思いは、人と人とを結び付け、そこに幸せの和を広げていきます。
ある投書を紹介します。この文章にはありがとうの言葉はでてきませんが、
そんな思いで溢れています。55才の女性の方の投書です。
「あの世でも義母の娘に」という題です。

「あの世でも義母の娘に」

「祐子さんは日本一のお嫁さまなんだ」

私のことを周囲にいつもそう言ってくれていた義母が
97才で亡くなったのは今年5月。

7人の子どもを育て、農業に精いっぱい生きてきた人だった。

私を本当の娘のように大切にしてくれ、
夫とけんかをした時は、いつもも味方になって陰で支えてくれた。

義母との会話、一緒に汗を流した農作業、
一つ一つの思い出が静かによみがえってくる。

義母が亡くなって7か月たち、少しずつ私物の整理を始めた。
母の日などに私が送った衣類がたくさんある。
上着は私の母に数着あげた。
もんぺは数枚残した。
私が農作業をする時に、はこうと思っている。
義母と一緒に畑仕事をしている気になるかもしれない。

「日本一のおかあさん」だった義母。
いつかあの世にいったら、再び嫁として巡りあいたいと願っている。

(読売新聞 平成24年12月11日付)