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みにミニ法話

(251)「この世の意味」

今回のテーマは、とても難しいテーマです。
おそらく、人生はこの世限りだと思っている人、
あるいはこの世に偶然に生まれてくると思っている人は答えられないと思います。
答えるとすれば、「幸せに楽しく暮らすため」と答えるかもしれません。

このテーマに答えるためには、
人は永遠の命を生きているという大前提があります。

あの世があって、この世に生まれてくる。
この世でしばらくさまざまな体験をし、あの世に帰っていく。
あの世ではこの世の体験を生かし、さらに学び多き人生を生きる。
そしてやがて縁あって、この世に生まれてくる。

こんな世界観を持たない限り、
今回の「この世の意味」の答えをだすことはできないと思います。

永遠の命といいましたが、私たちの命は大いなる存在からいただいたものです。
それをグレートサムシングという方もいますが、
仏教的には大いなる仏からいただいた命と言えます。

仏からいただいた命であるならば、
その仏の持つ性質をみんな持っていることになります。
この肉体でも、親からこの肉体をいだだくと、
その親にどこかしら似ているものです。
そのように、仏と同じ優れた命を与えられたのです。

その命は小さな小さな赤ちゃんのような命であっても、
その命に多くの学びと体験を吹き込むことで、
その命が大きく成長していくのです。

誰しも仏の性質としての仏性を宿しているというのが仏教の考え方ですが、
その仏の性質は、何度もこの世に生まれ、多くを学び、
成長して大きくなっていくものなのです。

植物は大地の栄養や水、あるいは太陽の光をいただいて大きくなっていきますが、
この仏からいただいた命は、多くの学びと体験をその栄養源としています。
そのために、私たちはこの世に生まれてくるのです。
そして互いが助け合い支え合って、この世を幸せ満ちた世界にしていく。
その過程で、仏からいただいた命に個性が生まれ、その個性を伸ばして、
自分が仏と同じように大きな存在として成長していく。

これが真実で、道を誤らないために、仏の教えがあるのです。