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みにミニ法話

(159)「心の調和」

調和というのは「つり合いがよく取れている」という意味ですが、
人と人との関係でいえば、「上手に支えられ支えあっている状態」といえます。

家族が調和しているというのは、
お互いが支えられていることをよく知っていて、相手を支えてあげる、
それが押し付けや愛の見返りでなくて、感謝の思いで支えられる、
そんな状態が家族の調和といえます。

そんな家族は、互いに朝の挨拶をしたり、玄関の靴も揃えてあったり、
「はい」や「ありがとう」の言葉も、気持ちよく使っていることでしょう。
家族の調和を作り出すものは、「感謝」を互いに深めるところにあると思われます。

それでは自分自身の心の調和はどうでしょうか。
心が調和している状態は、心が平静で穏やかであるということです。
心の内にいらいらや心配などなく、平安で幸せが満ちているといえます。

禅では、心の調和を坐禅によって行っていますが、
その原点は呼吸を調えるところにあると考えられます。
いらいらしていたり、心配や悩みが耐えないとき、深呼吸をして心を落ち着かせると、
心が静まり、妙案が浮かんでくるのです。

心が調和しているときにまた見えてくる世界も違ってきます。
こんな詩がありました。25才の女性の方の詩ですが、禅的な悟りが伺えます。
これは心の非常に調和したときに見えてくる世界です。『水のはじける音』という題です。

『水のはじける音』

まるで夢のような
朝だった

必要もないものはすべて
存在しなかった

私はただ
自分の存在と共にあり

美しいものはすべて
輝いていた

世界が
変わったのではない
ふと私が 変わったのである

ただそれだけのこと
何の理由もいらない

私が変わるということ

こんな詩です。

「私が変わった」というのは、
心が非常に調和され穏やかな自分になったということです。

穏やかな自分になったとき見えてきた世界は、
「必要なないものはすべて存在しなかった」という境地です。

「すべては必要とされ、そこに深い意味を持って存在している」。
これがこの世の世界の真実です。

調和した心は真実の世界を見る力があるということです。
そんな心を大切に育てていきましょう。