ホーム > 法愛 3月号 > みにミニ法話

みにミニ法話

(140)「目的を持つ意義」

目的には大きな目的と小さな目的があります。
大きな目的は、小さな目的を統合するようなものであることが大事になります。

この目的を持つ意義は、その目的が自分を引っ張っていってくれるということです。

ですから、今どう生きればよいのかが分かり、
この時間を無駄に使うことがなくなるのです。

たとえば私のひとつの小さな目的は、毎月「法愛」という冊子を出すことです。

400字詰め原稿用紙で、25枚から26枚程度の量になりますが、
それを書き上げ、「法愛」という冊子にします。

もう17年目になります。

この目的のおかげで、日々何を私がすればよいかが分かり、
結構、有意義な時間を使っていると感じています。

何をするにもやはり目的があって、
それに向かって努力をすることで、今の時間が光ってきますし、その今が光っていって
トータルしてこの一年が充実したという思いにつながっていくのではないか
と思います。

さらには一生を通じて、
「よく生きた」という思いを抱くことができるのではないかと思うのです。

さて、この目的の持ち方ですが、大きなところでは、自分の心を高め
それが人の幸せにつながっていくような目的を持っていることが大事である
と思います。

人生で、その人の目的を見れば、どんな人か分かるといいます。

極端な例ですが、その目的がどんなことをしてもいいからお金を儲けたいといえば、
そういう人だなあと分かります。

できれば、愛深い人になって人の幸せのために生きたいという、
自分の幸せとまわりの人の幸せが共に成立していけるような、
そんな目的をもっているのがよいと思います。

それを具体化するのがさまざまな仕事になるわけです。

もう仕事もできず、余命いくばくもないという人は、
人生はこの世限りでなはないので、あの世の幸せの世界へいくことを目的とし、
またそこにいったら私は何をしたいのかを考え、今このときを大切に生きることです。

まずは目標をたて、それに従った今日の一日を過ごしてみることです。
きっと充実した日々を得られるでしょう。