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みにミニ法話

(100)「生きる姿勢」

 道を求める人は、心を開き、真理を求め続けることが大切です。
その求め方は、常に心柔らかに、かたくなにならず、
多くの考え方を自分のものにしていこうという姿勢が必要です。

こんなお釈迦様の教えがあります。

今まで生きてきた自分の小さな経験で、この大海原のような広い世界のこと宇宙のこと、深くて計り知れない心の世界のことを決めつけることはできません。

井戸の中にいるカエルに、海のことを話しても、おそらく理解できないでしょう。それはカエルが小さな井戸を、自分の世界であると思い込んでいるからです。

夏の虫に冬の景色のことを語っても、理解できないかもしれません。それはその虫が暑い夏の季節しか生きられず、その世界だけしか知らないからです。

見識の狭い人間に、人には多くの生き方、考え方があって、それを学ぶ必要があると説いても、私には関係ないことだと拒否されるかもしれません。

あの世があるのは事実であると語っても、「そんなものはない、この世がすべてだ」という人は、小さな自分本位の世界に生きているからです。

神仏など信じられないといっている人は、大いなる存在にいつも守られ生かされているのに、自らを小さき神のように思い、狭い自分というカラのなかに閉じこもっているから、神仏が信じられないでいるのです。

心を開き、柔らかにして、多くの考えや教えを、自分のこととして受け入れ、謙虚に学んでいく姿勢が必要です。

井戸のカエルが大海を知り、夏の虫がきれいな冬景色を思い、あの世を拒否していた人があの世の存在を確信し、神仏を信じようとしなかった人が神仏の存在に目覚めていく。そのために、心を開き、多くを学び取っていく姿勢が必要です。

人は多くを学んで見識を高め、心の世界を広めていかなくてはなりません。
これはこの世に人として生まれた私たちの、一つの大きな使命なのです。