法話
何を見つめて生きる 3 すべてが学びとして見つめていく
先月は「花の見つめ方」ということで、
花を見て人は、その花を、どのように感じ取って見ているのか。
花自身、何を見つめて咲いているのか。そんな話をしてみました。
続きです。
小さなころの学び
このお話(平成29年9月)をした、その年の9月23日。
彼岸の中日に、近所に住む、ひとりの小学生がユリを売りにきました。
一本10円といいます。
ちょうど本堂に花を飾りたかったので、
「持っているユリ、全部ください」というと、
その小学生は一本一本ていねいに数えて、
ちょうど30本あって「30本ですから、300円です」といいます。
「ありがとう」と言って300円渡すと、笑顔で帰っていきました。
その家ではユリを作っていて、
お店には出せないユリを、お孫さんが売りにきたのです。
「彼の、おこづかいになるのかなあ」と思いながら、
少年を見送ってあげました。
私も小学生のとき、裏山の竹やぶに、たくさんの竹の皮が落ちていて、
その皮を拾って、お金にしたことがありました。
昔は、竹の皮を買いに来る業者さんがいて、
父が「おこづかいにしていいぞ」というので、
必死で拾い集めたことがあったのです。
働くと、お金がもらえる。そんな学びをしたことがありました。
あたりまえのことですが、
人を騙してお金を儲けたり、盗みをしてお金や商品を奪い取る。
そうではなくて汗を流して働き、それでお金をいただく。
今振り返ってみると、人としての基本を学んだような気がします。
日々の生活の中でも心の学びをする
日々の生活の中で学ぼうとする時、
学ぶことに関心を持っていないと、なかなか学びは進まないものです。
「歳月人を待たず」で、知らぬ間に時が過ぎ、
年を経てから、もっと学んでおけばよかったと思うものです。
毎月出している「法愛」は、ゆっくり読んでも20分かからないので、
軽い学びには適しているのではないかと思います。
この年(平成29年)の8月に、こんなおハガキを受け取りました。
62才の女性の方からです。
この方は、喫茶店や仏具店、セレモニーホールなどにおかせてもらっている
「無料です。ご自由にお持ちください」と書いてある「法愛」を、
持ち帰って読んでいたのだと思います。
初めまして。時々「法愛」を見つけ、読ませていただいています。
できましたら、「法愛」を7月号から送っていただけますか。
私は62才になります。
以前、もう15年ほど前ですが、本当に疲れ、
『人生は好転できる』(杉田寛仁 グラフ社)の本を、
ひとりで、一日中読んで、なんとか生きて来たということがありました。
いつになっても、強い心にはなれず、
物事に動揺してしまうことばかりです。
久々に今年に入って「法愛」の1月号から6月号まで手にすることができました。
これも何かの縁かと思います。
お手数をおかけしますが、送っていただければ、
心して読ませていただきたいと思います。
テレホン法話も聴かせていただいております。
時々、気持ちを正して、これからの人生、明るい気持ちで生きたいと思います。
よろしくお願い致します。
そして9月になって、同じ女性から、再びおハガキをいただきました。
7月より「法愛」をいただき、ありがとうございます。
友達にもコピーしてあげたりしていますが、
涙を流して「その通り・・・」などと感激しています。
この方にも9月号から送っていただけますか。
お二人の学ぶ姿が美しいですね。
何を大切にして生きるのか。そんな人生の見つめ方が尊いと思います。
未熟な「法愛」でも、少し役立っていると思うと、
感謝の思いが深まってきます。
困難に出合ったとき、何を見つめて生きる
人生には困難なことがつきものです。
2011年(平成23年)3月11日、東日本大震災がありました。
令和7年3月1日のまとめでは、亡くなった方が1万5900人、
行方不明の方が2520人とあります。
最近6才で津波に流された女の子の遺骨が見つかり、
令和7年10月16日に、遺族の方に引き渡されたという報道がありました。
家族のみなさんがその遺骨を、涙して抱きしめているところは、
涙を誘いました。
今回のこのお話(平成29年)でも、
そんな悲しい出来事をお話ししていました。
このお話の記事は
ある新聞(産経平成29年9月10日)に載っていたのをお話ししたのです。
当時6才の女の子で、通園バスが津波にのまれ、
そのバスに乗っていたこの子が犠牲になったのです。
その園は今、休園中で、園庭には雑草が生え、園児の歓声もない。
ただ蝉の声がする。そう新聞には書かれていました。
娘を亡くしたお母さんの心の痛みも、記事を読むと伝わってきます。
そして、こんなことが書かれているのです。
この子が3才のとき、ある神社で七五三のお参りをし、
無病息災、健康第一を祈願したのです。でも、死んでしまった。
このときお母さんが思ったことは「神も仏もない」と。
そして、この子の2才年下であった妹が、七才になった時には、
七五三はしなかったといいます。
気持ちはよくわかりますが、
神や仏を捨てると、尊い富を失うことになります。
お釈迦様はこんなことを説いています。
この世では信仰は人間の最上の富である。
人は信仰によって激流を渡る。
(『ブッダのことば』中村元訳 岩波文庫)
ここに出てくる激流は、この世の迷いの世界をいいます。
震災という激流の中でも、信仰を捨てない。
それが生きる上で、とても大切なことと言っています。
そんな世界を見つめて生きることが、
やがて悲しみと苦しみを和らげていくのではないかと思います。
この場所を見つめて生きる
よく言われることは、
「今いるこの場所を大切にする」という考え方です。
時には環境を変えて新たに再出発することも大切ですが、
今この場所で精一杯生きてみるという、そんな人生の見方も必要です。
ひとつの詩(を見つけました。
53才の女性の作品で、「土」という題です。
「土」
土はね
そこに生える
植物を選ぶんだ
土壌を良い環境に
戻すために
だからもしかしたら
僕たちも
何かに選ばれて
その場所にいるかも
知れないよ
何かを
良い環境に
戻すために
(産経新聞 平成29年7月24日付)
家庭なら、その家庭という場所に選ばれて暮らしている私たち。
その家庭という場所を良い環境にするために、この場所で生きている。
だから、この場所を幸せな場所にしていくための、努力が必要なのです。
出来事を幸せに導く恵みとして見つめる
前の「土」という詩で、土という土壌を良い環境に戻すとありました。
「心も土壌」だというとらえかたもできます。
さまざまな出来事は、自分自身の心の土壌を豊かにしていく、
そんな働きがあるのかもしれません。
平成29年9月26日に出た「婦人公論」に
「父母との〝別れ〟がこんなにつらいとは」という特集がありました。
10代から60代の人で、合わせて90名の人が回答し、
その回答したことが載せられていました。
「葬儀、今わの際にこぼれた笑みの理由」の中で、
こんなエピソードを載せています。2つほどここに載せてみましょう。
死にぎわまで耳が聞こえていた父。
臨終間際に「おじいちゃん」と呼び続けたら「うるさい!」と言われた
(父74才、私50才の時。主婦・67才)
父の葬儀の時、焼香に立った人が、どうやら足がしびれていたらしい。
バタッと倒れてお経を読むお坊さんに覆いかぶさって・・・。
とんだ大惨事になった。
(父85才、私55才の時。会社役員76才)
(「婦人公論」 平成29年9月26日)
悲しいような、少し笑ってしまうようなエピソードです。
私は50年ほどこの仕事をしていますが、
まだ覆いかぶさってくる方はいません。
でも、心に入り込んでくる人(霊)は、何人もいます。
次のような悲しみを背負った別れもあります。
みなこの悲しみから、心の土壌が豊かになり、
人生の深みをいただけた出来事だったかもしれません。
11人が載っていますが、2つほど紹介します。
母が恋しくて
私には母と過ごした記憶がない。
最近まで、どんな人だったのだろう、
少しでもいいから会いたいという思いは続いた。
年上の従姉妹の話では、「神様仏様みたいないい人だった」らしい。
そのたびに思う。「いい人でなくていい。長生きしてほしかった」と。
(母40才、私2才の時。主婦69才)
(「婦人公論」 平成29年9月26日)
母に会いたい気持ちが、とても伝わってきます。もう1人。
素直になればよかった
はっきり言って、母とはうまくいきませんでした。
ひどいことを言われたこともあります。
ところが母が死に、今になって後悔が押し寄せてきたのです。
もっと私が素直になればよかった。
遠慮する母を説得して、最後は一緒に暮らせばよかった。
3ヵ月ほど色のない世界にいました。
(母90才、私59才の時。ソーシャルワーカー・60才)
(「婦人公論」 平成29年9月26日)
後悔すると、色のない世界にいってしまうのですね。
死の見つめ方
最後に死について考えてみます。
死については、死んだら無になるという人。
死んだらあの世に行くという人。分からないという人もいます。
最近、吉永小百合さん主演で
「てっぺんの向こうにあなたがいる」
という映画が上映されていました(私見ました)。
この映画は、女性で初めてエベレストの登頂に成功した
田部井淳子さんをモデルにした映画です。
この田部井淳子さんが亡くなる3ヵ月前に、
自らの死生観や山の神秘体験についてインタビューに答えていたのが、
『中外日報』という新聞に掲載されていて、
それを承諾を得て「ソナエ」(産経新聞出版)という雑誌に載せていました。
全部を載せられませんので、思うところを少し載せてみます。
普段の生活では見えない夢を見ることもあります。
1983年、ブータンで登山のときに夜、
寝ていると近づいてくる足音が聞こえてきた。
目をあけていないのに、
当時エベレスト登頂に挑戦していた
加藤保男君(エベレストに3度登頂を果たした登山家)だと思って
「どうしたの」と何度も問い掛けた。
そのときには訳が分からなかったが、
あとで彼が下山中消息を絶ってしまったことを知りました。
おそらく消息をたった加藤さんが亡くなり、
その霊体、魂が田部井さんに会いにきたのではないかと思います。
田部井さんが、ある山で雪崩に巻き込まれ登頂を断念した経験から、
そのルートで行くと雪崩に遭うからやめた方がいいと助言しても、
そのルートで行った3人が雪崩に遭い消息を絶ってしまったことがあったそうです。
それから13年後、ある山の頂上を目指したとき、
雪崩にあったところを遠くに見て、「あそこで遭難した」と思っていると、
その3人が田部井さんにぶら下がっているのを感じて、
田部井さんの心臓を何人もの人が使っているような、苦しさを思ったそうです。
そして頂上に到達すると、ぶら下がっているものがすっと離れ、
「おそらくあの3人が一緒に登りたかったかもしれない」と語っていました。
死は無でなく、使えなくなった身体から魂がでて、
次元の違ったあらたな世界へ行くのです。
そのために生きている内に、多くの学びを積み、悔いのない生き方が必要なのです。
自分の人生を、もう一度見つめなおしてみましょう。
