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しきたり雑考(79)

髪の毛と櫛

今月は「髪の毛と櫛」についてお話しします。
{『日本人の風習』千葉公慈著 河出文庫を参考}

髪の毛を毛髪ともいいますが、昔からこの髪の毛を大切に扱う風習があります。
武士は自分の命と引き換えに、髷(まげ)を差し出したと言われていますし、
髪を切ることで、この世と縁を切るという、そんな思いから、
僧侶は髪を切って剃るとも考えられます。

神社に髪の毛を奉納するということもあります。
古来から髪はなんらかの霊力を持っていて、神聖なものと考えられていました。
それゆえ、自分の髪の毛を身代わりとして奉納することで、
自分の願いを遂げようとするのです。

よく丑三つ刻参りに、藁人形を使って相手への恨みを果たす呪詛をするとき、
その藁人形に相手の髪を入れることがあるようです。
髪の毛が相手の人の身代わりになるのです。

髪の毛は人が生きている限り、伸び続けるものです。
切った髪の毛でも、しばらく伸び続けている、そんな髪の毛を見たこともあります。
ですから生命の根源から生えてくるゆえに神聖なもので、
さらには神と髪が同じ「カミ」と呼ばれるところにも、
何か関係があるかもしれません。

髪の毛になくてはならないのが櫛です。
櫛にはさまざまな謂れがあります。
「櫛を投げると縁が切れる」という、そんな俗信もあります。

『古事記』にこんな言い伝えがあります。

イザナギノミコトが
亡くなった妻のイザナミノミコトを黄泉の国に迎えにいたっとき、
妻の醜い姿を見てしまって、そこから逃げるのですが、
鬼女たちが追ってきて、イザナギノミコトを殺そうとします。
そのとき、もっていた櫛を投げるのです。
すると投げられた櫛の場所からタケノコが生えてきて、
追っての鬼女を足止めしてくれたという。

そんな話が載っています。
ここから「櫛を投げると縁がきれる」と解釈する人もいます。

「櫛を落とすのは吉」という俗信もあります。
櫛は苦(ク)と死(シ)を意味するとして、
その苦死(クシ)を捨てる意味もあります。
また「落ちている櫛を拾っていけない」とも言い、
それは苦死を拾うことになるからです。

今では信じている人はいないと思いますが、
俗信を調べてみると深い意味があるのに驚くばかりです。

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