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しきたり雑考(78)

夢のお告げ

今月は「夢のお告げ」についてお話しします。
{『日本人の風習』千葉公慈著 河出文庫を参考}

人は寝ている間、起きている時の意識はありません。
疲れて寝て、あっという間に朝を迎える人もいるかもしれません。
そんな人でも夢を見ていると言われています。
ただ覚えていないだけです。

私自身、夢の中で、実際に誰かに会っている夢は見たことはあります。
身体に重なっている魂が、その人に会いにいったのか、
その人が会いに来たのかは定かではありません。

夢の知らせはたくさん文献に残されています。
たとえば松谷みよ子さんの『現代民話考』の4巻の第一章が「夢の知らせ」です。
その中に次のような夢の知らせが出てきます。

東京都に住んでいた今村泰子さんという女性が、
九州の熊本に住んでいる弟の夢を見たのです。
弟はガンの宣告を受け、余命があまりありません。

ある夜、姉である今村さんが夢を見ました。
彼女には秋田にも家があって、
重病の弟が、その秋田の家の門にじっと立っています。

その家にいた彼女が「まあ、よく来てくれた」と近寄ると、
弟のまわりが淡いピンクの花がついた山茶花の並木道になり、
弟は山茶花の花に包まれて遠くに去っていきます。
いったん、すーと戻ってきて、また花の中を静かに行ってしまいました。

目が覚めて、その日に飛行機で弟のいる熊本に行きました。
その夜、弟は53才の生涯を閉じました。
私のもとへ好きだった花とともに、お別れにきてくれた夢の知らせが、
うれしくもあり、悲しくもあった。

そんな夢の話です。

身体から抜け出した魂は、神様に会いにいったとか、
あの世へいっているとか、他の霊に会っているとか、
寝所のまわりをさまよっているとか、いろいろな説があります。

そんな夢を見ている本人の寝言に声をかけると、
魂が身体に戻れなくなってしまうとか、戻れないので死んでしまうとか、
不吉なことがあるとか、両親が死んでしまうとか、
さまざまな理由があるようです。

もう亡くなろうとした人が、おじいさんが迎えに来たなどと、
私たちには理解できないようなことを言う場合があります。
魂が身体から遊離し、亡くなる準備をしているともいえます。

また夢告(ゆめつげ)といって、夢の中で大切なことを教えてもらい、
それが現実となって現れ、「夢は神仏のご意志」という認識もあるようです。

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