しきたり雑考(71)
霊魂と鼻
今月は「霊魂と鼻」についてお話しします。
{『しぐさの民俗学』ミネルヴァ書房 常光徹著 参考}
霊魂があるというのは、現代では、
昔の俗信で信じないという人がたくさんいるようですが、
昔の人は信じていたようです。
科学が進歩した現代でも、霊魂はあって、
肉体との関係をよく知っていることが大切です。
人は亡くなると、使えなくなった肉体から霊魂が出て、
次元の違った世界に行きます。
そこで、大切なのが、死を受け入れ、
私は今霊魂になったと悟ることです。
昔の人はそのことに敏感で、さまざまな逸話が残されています。
今回の霊と鼻の関係ですが、次のような言い伝えがあります。
ある人が親戚の病気見舞いに夜道を歩いていると、
見知らぬ男性が、「私もその人の見舞いに行く」というのです。
「あなたはどなたですか」と聞くと「知り合いの者だ」と答え、
「病人が鼻水を出す時、糞食(くそお)れ、と言ってはいけないよ」と言う。
病人の家について見舞い、家の人が疲れて寝てしまうと、
心配になったある人が、病人のそばに横になって袖で顔を隠し、
道連れになった男に気を配って寝たふりをしていました。
すると、病人が息苦しそうにうめき声をあげています。
よく見ると道ずれの男が病人の上に馬乗りになり、
病人の鼻からソーメンのようなものを手繰(たぐ)り寄せているのです。
そこで道連れの男が言ってはいけないという言葉を思い出し、
大きな声で「糞食れ!」と言うと、
道連れの男は「もうだめだ」と言って、病人から降り
「自分はこの病人の先祖に呪い殺された者だ。
その仕返しに、一族を皆殺しにしてやると思ったが、
もうできない。残念だ」
と言って立ち去ってしまった。
こんな話が、奄美大島に残っているようです。
昔の人は鼻の穴が魂の出入り口と考えていたようで、
鼻の穴から病人の魂を盗み出すという話です。
この物語の主人公が、他の人が誰も見えなかった男が見えたのは、
顔をおおった袖の下から見たからだといいます。
袖の下から見ると人の魂が見える、化け物が見える。
そんな俗信もあります。