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しきたり雑考(68)

大声で風を追い払う

今月は「大声で風を追い払う」ということでお話しします。
{『しぐさの民俗学』ミネルヴァ書房 常光徹著 参考}

先月は「暴風雨には悪魔が来る。風は魔物の仕業」
というお話を致しました。

先月の6日ごろ、この伊那の地も暴風で、
科学的に気候を観測できる今でさえも、
何か魔物の仕業ではないかという、そんな感想を持ちました。

特に、西北から吹いてくる強い風を怖れ、
この方角に鬼が住み、外敵が住んでいると考えていたようです。

そんな風を、大声を出して、その風を追うことを
昔の人はしていたようです。

和歌山のある町では、台風の時に鍬や鎌を持って大声で風を追うと、
風が逃げると伝えられていました。岐阜県のある市では
台風は魔物と考えていて、各家ごとに、鎌やノコギリなどを竿の先にしばり、
風の来る方向に向けて立て、風が吹き始めると、
「ホーイ、ホーイ」(風を追い払う意味の言葉)と大声で叫んだのです。
それも声がかれるくらい大声を出さないといけないようで、
声が出なくなると水を飲みながら叫び続けるのです。

この大風が吹く時に、
竿の先に鎌などをつけて立てるという風習は、
風の骨を切るためだそうです。

大風のあるときには、大声を出して風を追う。
追うと風の魂(たま)が横へそれるとか、
大声で叫ぶと、風の方向が転じられる。そう考えていたのです。

そして、大声を出し、声がかれるくらい出し続けることが、
魔物である暴風雨を追いやるためには必要であったのです。
また、一人で叫ぶのでなく、多くの人の声の結集が効果的で
力があると、考えられていました。

魔除けとして威力のある大声を出すことは、
風追いの時ばかりでなく、火災や大水の危険にさらされる時にも、
その災難を押し返す力がありました。

大声は呪(じゅ)という祈りの力を持っていて、
大きな力をその声の中に秘めているわけです。

「観音経」というお経も、さまざまな困難を打ち破る力をもっていて
「念彼観音力」(ねんぴかんのんりき)と何度ども声を出し唱えることで、
困難を打ち破る呪術の力があります。

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