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しきたり雑考(61)

後ろ向きの風習

今月は「後ろ向きの風習」ということで考えていきます。
{『しぐさの民俗学』ミネルヴァ書房 常光徹著 参考}

後ろ向きの風習というのは、あまり聞いたことがありませんが、
調べてみるといろいろな地方で行っている
大切な風習であったことがわかります。

厄落としを辻(つじ)で行うという習わしは、
さまざまな所で行われていました。
そんな辻で、捨ててあったお金を拾ったことが子どものころありました。
どうしてお金を捨てるのだろうと思っていました。

岐阜県のある市では、節分の豆まきの後、
神棚の前に行って枡を置き、目をつむり、
手を後ろにやって、枡の中の豆をつかみます。
自分の年の数だけつかまなくてはならないのですが、
そんなにうまくはいきません。
もしうまくつかめなった場合、
昔なら一文、今なら百円や十円を紙に包み、
豆と一緒に村の辻に捨て、厄落としをしたのです。

ここの豆を後ろ手につかむのは、
一種の神意を占うものと、常光氏は書いています。

このとき「辻」の意味は、道の交差するところですが、
日常の生活空間とは異なる世界の出入り口、
あるいはあの世とつながっている場所と考えていたようです。

後ろ向きの風習には、こんな例もあります。

目の病を治す方法として、夜中に銭(ぜに)一文を持ち出し、
四辻に至って、その銭で目をぬぐい、
ある呪文を唱えて、その銭を後ろ手に落とし、後を見ずに帰ってくる。
そうすると、不思議に目の病が治ったという伝えがあります。
この銭は今で言えば、お金の意味ですが、
体に取り憑いているかもしれない病魔あるいはケガレを
お金に移して辻から異界に捨てるという意味があるようです。

ここでは後ろ手に捨てるというのが、
「捨てる」ということを強く表しているということです。

このお金にケガレを移すというのは、
以前にもここでお話ししましたが、お賽銭の場合も同じで、
自らのケガレをお金に移す意味があるわけです。

お金に強い執着心があると、心にケガレが付きやすい。
そんなことも、ここで推測できます。

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