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しきたり雑考(42)

お葬式とお酒

今月は「お葬式になぜお酒を飲むのか」についてお話し致します。
(蒲池勢至説参考)

若い人が言われるのは、
「亡き人との別れは悲しくつらいのに、
どうして通夜の席でお酒など飲むのですか。
不謹慎ではないでしょうか。意味が分かりません」
という主張です。

よくお酒は、楽しみで飲んだり、
祝宴のようなお祝いの時に飲んだり、
あるいは心を癒すために飲んだりで、
辛いお別れの席に飲むという発想はないようにも思えます。

このお酒を飲むというのは、
亡くなった人は無になって灰になってしまうのでなく、
別次元の世界へ行くので、お別れの意味でお酒を飲むのです。

共同飲食といって、
お別れのために共に食事をし、お酒を飲み、
お別れをするのです。

お酒を飲み食事をすることをデタチ(出立ち)の膳といったり、
一膳飯とか、別れ飯などと言っていたのです。

この時出るお酒をオタチ酒とかハバキ酒と呼んでいました。
出棺の時に、身内の年下ものから一杯ずつ飲むのを
「出舟のさかずき」と言っている地方もあるようです。

ハバキ酒の意味ですが、昔の人が遠くに出かけるとき、
脛(すね)にまき着ける脚絆(きゃはん)のことだそうです。

昔の人は死んだら終わりとは考えず、
遠くに旅立っていくのだと素直に信じ、
そのためにさまざまな儀礼を行ってきたのです。

亡き人に杖を持たせたり、三途の河を渡るにも六文銭を持たせたり、
今では「六文銭など迷信で、こんなもので渡れるのか」
と冗談でいう人もいますが、そのわずかなお金でも、
三途の河を渡れるようにと、亡き人のことを大切に思う気持ちが、
その六文銭に込められ、その尊い思いが、三途の河を渡る大きな力になるのです。

近畿地方では、嫁入り前の祝宴を出立ちなどといい、
お酒を飲むことが、家や村からの離れていく決別の意味があったようです。

ですから、亡き人は、無になるのでなく、遠くに出かけ、
そのお別れの意味でお酒を頂くのです。

今は火葬でお骨にして墓地に納めますが、
昔は土葬で、お墓に穴を掘る人は大変な思いをして、
その仕事に携わりました。

その時に、死は生きる者にとって凶事であり、不吉なことであったので、
清めのためにお酒を飲んだのです。お酒は清めの力もあるのです。

昔から庶民が信じてきた儀式の意味を、仏教ではしないと否定せず、
その思いをくみ取ることが大事だと思います。

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