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仏事の心構え(140)

仏像の見方について 20 地蔵菩薩1

今月は「地蔵菩薩」のお話を致します。1回目になります。

地蔵菩薩は、多くの人に慕われ、知っている人も多いと思います。

よく地蔵様と観音様を間違える人がいますが、
もっとも顕著な違いは、地蔵様は頭を剃っているということです。
さまざまな仏様の姿がありますが、頭を剃った菩薩様は、この地蔵菩薩だけです。

地蔵様の言葉からくる意味は、サンスクリット語で「クシティ・ガルバ」と言います。
「クシティ」が大地を意味し、「ガルバ」が母胎の意味で蔵と訳されているところから、
地蔵様は大地を母胎のように包むという意味があると言われています。

お釈迦様が亡くなられ、56億7千万年後に弥勒菩薩が現れるまで、
私たちのこの世の世界には仏がいない無仏の時代になってしまいます。
そこでその間、地蔵様がこの世を守るようにと、お釈迦様が命じたと言われています。

六道という世界があります。
この世を終えて、心に問題を抱えたかたは、六道に生まれると言われています。

下から地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天の世界です。

この世界を脱け出し、悟りを開いた人を阿羅漢といい、
さらに他の人のために働くことを惜しまない境地を得た人を菩薩というわけです。

私たちは長い転生の中で、この菩薩になっていくことが理想です。
その前段階として、まだ人としての課題がある方は、六道に生まれ、
反省が進むと、六道の天に昇り、そこからまたこの世に修行に出てくるのが、
真実の世界の在り方です。

この世に生まれる条件は、
少なくとも人間・ないし天に生まれないと難しいと言われています。

六道の人間界というのは、この世の世界でなく、
善悪をある程度見極め、善を良しとして生きている人々の世界をいいます。
そこには地獄の人も餓鬼の人もいません。

その世界でもやはり悪なる思いが出ますので、
そんな人を地蔵様が導き救ってくれるのです。

地獄に堕ちた人や餓鬼の世界に堕ちた人を救うのは、
並大抵のことではないと察します。