今月のことわざは「盃中の蛇影」です。
{『ことわざ・名言辞典』(創元社)を参考}
意味は、「疑いから何でもないことで、苦しむことをいう」とあります。
これは中国の故事に由来しています。
宣という男が、ある日、チンという男の家によばれ、お酒をいただいた。
そのお酒をついだ盃の中に、赤い蛇のようなものが浮いている。
ことわり切れずに、宣はその酒を飲みほした。自分の家に帰って、お腹が痛くなり病気になってしまった。
チンが心配して訪ねていくと、宣は「蛇がお腹にはいったのです」という。チンはよく調べ、その原因がわかって、もう一度宣を呼び、酒席をもうけた。
その盃にはやはり赤い蛇が浮いている。それを見てチンは言った。
「それは、壁にかかった赤い弓が写っているんだ。
怪しいものではない」それを知った宣は、たちまち病気が治ってしまった。
こんな故事です。
気から病気になるたとえですが、少し観点を変えて考えます。
人間関係で、相手を信じられず疑い、そのため苦しみ、後になって、
ほんとうは疑った自分のほうが誤解していたことを知った。
そんなことも間々にあるかもしれません。
疑うのでなく、相手を信じて身をまかせ、
強く結ばれて幸せになれるということもあります。
こんな投書がありました。
36才の男性の投書です。
「気づかなかった車椅子の連休」
連休中に夫婦でテーマパークに行った。
右足をけがしていた妻は借りた車椅子に乗り、私が押した。地面のわずかな傾斜や凹凸、人混み、
慣れない車椅子のブレーキの利き具合に至るまで、
細かい点で苦戦苦闘した。手足は疲れ、トイレや水分補給、写真撮影もひと苦労だった。
「車椅子が邪魔」という幼児もいた。「自分たちのような車椅子ユーザーは、他の人たちと違うのか」
という疎外感が、胸に突き刺さった。一方で、夫婦の絆もこれまで以上に深まった。
妻は車椅子を押されながら、
「この人なら自分の生涯を任せられると感じた」と言う。私も「この人の役に立てることが心からうれしい」と思った。
車椅子を通じて多くの経験、気づき、感動が得られた連休だった。(朝日新聞 令和1年5月11日付 ※少し省略してあります。太字は筆者)
疑うのでなく信じて協力し合う。
そこに苦が除かれ、安心とほほえみが広がっていきます。