今月のことわざは「公家にも襤褸」です。
「ことわざ・名言辞典」(創元社)
公家は身分の高い人の意味。
襤褸(つづれ)はどちらの漢字も、ぼろとか破れた着物(服)の意味。
合わせると、身分の高い人でも、身にぼろを着ると品性が落ち、
あやしげに見えるという意味です。
反対のことわざに「馬子にも衣装」があります。
衣装というのはとても大事で、その人の人柄が現れるものです。
特に制服は、その仕事の姿を現すものです。
警察官や看護師、宮司や僧侶も、その衣装で、
どんな仕事をしているのかわかります。
病院へ行って、そこに僧侶の衣装を着ている人が医師の仕事をしていたら、
襤褸(つづれ)のように、あやしげな姿に見えるでしょう。
衣装といえば、一休さんに有名な話があります。
あるとき一休さんが、格式のある屋敷に法要に頼まれ出かけました。
何を思ったのか一休さんは、ぼろの衣を着て出かけたのです。その家の屋敷の門を入ろうとすうと門番が制止(せいし)して、
「お前は誰だ」
と尋ねました。一休さんは、
「今日、法要を頼まれた一休です」
と答えました。門番は、
「一休和尚という尊い坊さんが、そんなぼろをまとった衣で来るはずはない。
帰れ。帰れ」
そう言って、一休さんを屋敷に入れてくれません。一休さんは何を考えたか、出直して、金色の衣をその屋敷に届け、
「どうも、高価な衣装が、私であると思っているようだ。
だから、私の代わりに、この金色の衣を届けます」
と。屋敷の主は、平謝りで、一休さんにお詫びをしたという。
そんな話が残っています。
確かに衣装は大事でしょう。
ところで、心にも衣装があると知っているでしょうか。
心も食事を取ることが大事であると知っているでしょうか。
この「法愛」は心の食事であると前々からお伝えしていることです。
また、心にも衣装があって、
やさしさの衣装、感謝の衣装、慈しみや笑顔の衣装があります。
あるいは不平の衣装、どん欲の衣装、怒りや嫉妬の衣装もあります。
どんな衣装をみなさんは着ていますか。
心の鏡に写して、見てください。