今月のことわざは「貝殻にて海を量る」です。
「ことわざ・名言辞典」(創元社)
このことわざは、
小さな貝殻で大きな海を量っても、量りつくすことはできない。
そのように浅学、非才の身で大きなことを論議したり、しようとしたりすること、
とあります。あるいは「貝殻にて海を干す」ともいいます。
小さな貝殻で、海を量れるはずはありません。
自分がどんなに勉強が足りないかを、自らが知ることは難しいことです。
謙虚に学び続け、子どもから大人まで、善いと思えば、その言葉や行動から学び、
自らの人格を大きくしていかなくてはならないわけです。
このことわざに接して思い出すのは「盲亀浮木」(もうきうぼく)のたとえです。
お釈迦様の弟子である阿難(あなん)に、お釈迦様が尋ねます。
「阿難よ、あなたは人間に生まれてきたことを、どのように思っていますか」
阿難は答えます。
「大変喜んでいます」「どのくらい喜んでいるのですか」
阿難は答えられません。
そこで、お釈迦様はこの「盲亀浮木」のたとえを語ります。
「はてしなく広がる海底に、目の見えない亀がいました。
その亀は百年に一度、海面に顔を出すのです。
広い海には一本の丸太棒が浮いています。
その丸太棒の真中に、小さな穴が開いていたのです。
丸太棒は波のままに、東に西へと浮いて移動しています。 阿難よ。その目の見えない亀が百年に一度浮かび上がって、
その丸太棒の穴に、頭を入れることがあるだろうか」
阿難は
「考えられないことです。ないかもしれません」
「阿難よ。私たちが人間として生まれてくるのは、
その亀が丸太棒の穴に頭を入れるよりも難しいのです」
「有ることが難しい」ということで、
この言葉を簡単にすると「ありがとう」になります。
人間に生まれてくることを当たり前と思い、
日々の暮しを粗末にしたり、わがままな生き方をしたり、
隣の人を傷つけてしまう。これも非才のなす者の行いかもしれません。
常に「ありがとう」の精神を学び、
その言葉を大事にしていくことで、人としての重みが増していきます。
そして人として生まれてきたのだから、
自分が幸せになり、その幸せを分けてあげられる生き方をすれば、
この「貝殻のことわざ」に惑わされることはないでしょう。