指針という言葉は、物事を進める方針と辞書には出ています。
今年(令和1年)7月29日と30日に
お寺で、一晩泊まりの子供会を開きました。今回で35回目になります。
お母さんたちは「寺子屋」と呼んでいますが、
どこからそんな呼び方がでてきたのかと思っています。
この子供会をする指針は「喜びをみんなでわけあう」ということと、
「お互い助け合う」そして「いのちを大切にする」というのが指針です。
お寺に泊まり、何か子どもの心に残るものがあればと思ってやっています。
今年の小学校6年の男の子の感想に
「今年の夏休みに最高の想い出ができました」と書いてくれたのを見て、
無駄なことをしているのでないなあと思いました。
何をやるにも、そのための指針がいるものです。
今回のテーマは人生の指針ですが、
人生においても、大切に生きていくための、指針がいるのではないかと思うのです。
次の投書から、大切なことを学ばさせていただきました。
70才の男性の方の投書です。「『救いの神』に出会った日」という題です。
「救いの神」に出会った日
有料駐車場に車を止め、
用事を済ませて料金200円を支払おうとしたとき、
財布を持たずに家を出たことに気付いた。いつも持ち歩くかばんも家に忘れ、
手元にはクレジットカードも身分証明書もない。車内にミカンが10個あった。
駐車場外で「すみません。困っています。200円で買ってください」と、
通行する人たちに声を掛けたが無視される。見知らぬ老人から突然「ミカンを買って」と言われても
応じないのが当たり前だ。
駐車場に戻り車を出す人にお願いしたが、だめだった。家まで歩けば4時間。
「車を出す金がないのです。助けてください」。
最後の頼みに「おじさん、お金をあげる」。神様のような人に出会い、救われた。
「住所、名前を教えてください。今日中にお返しします。」と告げると、
その人は「困った人を助ける人になりなさいと親に言われて育ったのです」と
笑顔で立ち去った。感謝、感謝の一日だった。産経新聞 平成30年11月20日付
こんな投書です。
「困った人を助ける人になりなさい」という言葉が、
お金をあげた人の「人生の指針」といえます。
そんな指針となる言葉が、人を創っていきます。