みにミニ法話

(321)「あの世の光」

あの世の存在を信じる人と信じない人がいます。

そんなことは考えなくてもいいと言って、
考えようとしない人もいるかもしれません。

8月は旧盆ですが、
亡くなってあの世にいらっしゃるご先祖様をお迎えする行事があります。

ただ毎年の慣例でする人もいると思いますが、
先祖様が帰ってくると本当に信じて、
先祖様のためにお供えをし、お経を差し上げる人もいます。
あるいはまったく興味のない人もいるでしょう。

しかし、実際にあの世があって、
この世の人があの世に旅立った人を思い、
ご供養することは、必ずあの世の人に通じていって、
それがまた別の形になって善果をいただけるのです。

善果は善の果実と書いて、
善いことが巡ってくる、幸せにあずかれるということです。

長年お参りされる寺院には、さまざまな方が来られて合掌し、
心の思いを本尊であるお釈迦様や阿弥陀様にお供えします。
それが何十人、何万に、何千万人と長い間、成されていくと、
その場が大きな力になり、あの世に実際におられ見守っている
神仏の思いが、その場に降りてこられやすくなります。
まったくお参りもないところに、神仏は降りてきません。

一般家庭でもお仏壇で毎日お参りしている家には、
み仏様や先祖様が降りてこられやすくなり、
その家を守ってくれる存在になります。

一滴のしずくが長い間落ちて岩に穴をあける、
そんな石を見た事があります。

そのように、一人ひとりの小さな人のお参りであっても、
長年続けていくと、硬い岩に穴があくように、
お参りするその場に、神仏の光が降りてくるのです。

護国寺には背丈が210cmほどのお地蔵様が安置されています。
鎌倉時代に作られたと言い伝えられていますが、
長い間にわたって、人びとが手を合わせお参りしてきたその力は、
言葉では言い表せないほどの力があるのです。

ですから真剣に願い事をし、善を積む日々を送っていると、
その願いがかなえられる確率が高くなります。
お地蔵様に、長年、多くの人たちがお参りしてきた思いの力が、
見えない世界から降りてくるのです。

そんな世界があることを信じ、手を合わせお参りすることが、
あの世の光を自らの心におろしてくる方法であると知っていましょう。

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