みにミニ法話

(319)「よく考える」

動物がどれほど考えているかわかりませんが、
たとえばカラスがクルミを路上に落とし、そのクルミを車がひいて割り、
その割れた中から出て来たクルミの実を食べている様子を
何度も見たことがあります。

カラスも考えて、堅いクルミを割る方法を見つけ出したといえます。

人間はさらに高度な考えができるので、
空を飛ぶ鳥を見て、どうすればあのように空を飛べるかを考え、
飛行機を作り出したわけです。

飛行機もそうですが車も電車もそうですし、
よく考え考えて、人が快適に暮らせるように、便利な社会を作ってきました。

パスカルという人が『パンセ』という本の中で、
「考えが人間の偉大さを作る」と書き、
「人間はひとくきの葦にすぎない。自然の中で最も弱いものである。
だが、それは考える葦である。
われわれの尊厳のすべては、考えることのなかにある」
そう述べています。

臨済禅を日本に初めて伝えた、栄西禅師も、
その著書である『興禅護国論』の中で「大いなるかな心や」と書いています。
この場合の心は考えるという言葉で置き換えても差し支えないと思います。

そして
「天は高く極限はないけれども、人の考えは、その高さも超えている」
と言っています。

日々暮らしていると、考えもなしに一日が過ぎてしまうこともありますが、
考えるという習慣をつけることで、考えにも力がついてきます。

以前私たちを苦しめたコロナですが、
このコロナウイルスとどう立ち向かっていくのかをよく考える。

ただ触れないでおこうとか、逃げていればよいというのでは、
コロナウイルスを撃退することはできません。
しかもさまざまな仕事もコロナウイルスの原因で止まってしまい、
経済活動もままならない状況でした。

そんな時どうすればよいかを、よく考え乗り切ってきたわけです。

ニュートンが万有引力を発見したのも、
リンゴが落ちるところを見たからといいますが、
そこまでたどりつくのに、どれだけ考えたことでしょう。

何か事が起こった時、どうすればよいかをよく考え、さらに考え、
また考え続けていると、必ず解決の方法が見つかるはずです。

よく考えもせず起こした仕事や行いは、
たいがい失敗し、そのために苦しまなくてはなりません。

私たちの尊厳のすべては考えることのなかにある
この言葉をもう一度、確認しておきましょう。

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