先月の1月20日は大寒でした。
それ以来、寒い日が続く中、車である信号で止まっていると、
左側の垣根の上に梅の花が赤く咲いていました。
こんな寒い日が続くのに、もう梅の花が咲いている、
その様子を見て、なぜか心がほっとする、そんな思いになりました。
花のほほえみは、心を癒してくれます。
野にはまだ花は咲いていませんし、
田畑も冬枯れで、凍てついていて、寒々しています。
そんな中で、今咲いている寒梅のほほえみは、
何にも代えがたい幸せを与えてくれます。
寒梅のほほえみを、
また違った人と人との触れ合いの中で考えていくと、それは笑顔であったり、
あるいは困っているときに掛けられた優しい言葉であったり、さまざまです。
そんなほほえみを人に与えられる、
そんな生き方を多くの人が大切にできれば、
家庭も、この世も、もっとほほえみの世に変わっていくと思えます。
こんな投書を見つけました。
85才になる女性の方の投書です。
優しい言葉に勇気づけられた話です。
かけられたこの言葉も寒梅のほほえみに似て、優しさが香ります。
「看護師の優しさ 素直になれた」という題です。
「看護師の優しさ 素直になれた」
大病を昨年患い骨折もして、デイサービスのお世話になっている。
当初は情けなくて、食事を運ばれてもおやつが出されても、
悲しくてうつむいていた。すると看護師さんが、私の背に優しく手を当てて、
「今まで人のために一生懸命働いてきたのですから、
今度は自分が受ける番でいいのですよ」
と言ってくださった。
その一言で、しばらく涙が止まらなかった。人は年を重ねて体が弱る。
立場の逆転をなかなか受け入れられなかったが、
今は素直にありがたくお世話になっている。(読売新聞 平成30年12月29日付)
こんな投書です。
優しく手を背に当てる。
これも寒梅のほほえみのような力があるし、
この女性に語った看護師さんの言葉も、とてもほほえみの香りがします。
そしてさらに、相手のほほえみを受け入れる、
心の器も大切になってきます。
いつも怒りで心が満ちていれば、
寒梅のほほえみを受け取ることができません。
お互いに心を穏やかに、ほほえみ合う。
そんな心根を大事にして、今日の日を生き抜いていくことです。
そう寒梅の花が語りながら、ほほえんでいます。