死後についてはあるかないかですが、
生きたままあの世に確かにいって帰ってきた人が、
常識として、あまりいらっしゃらないので、
確かにあるということを語るのは難しいかもしれません。
お坊さんでも、あるかないかはっきりしないまま、
葬儀をしている方もいると聞きます。
あの世がわからないままでいるというのは、少し苦痛や不安を感じるものです。
ある人の説では、あの世があると思っていて、実際に亡くなって、
あの世があれば、あの世はあったのかと思えるし、なければそれでお終いとなる。
もし、あの世がないと思っている人が、あの世がなければそれでいいのですが、
もしあった場合、困ってしまうので、そう考えれば、
あの世があると思っていたほうがよいと。
そんな考え方をする人もいます。
あの世があると思って生活し、準備をし、
もしあの世があれば、無駄な生き方をしなくてすみます。
またあの世があると信じるのは自由だし、無いと考えるのも自由という人もいます。
もしそれが坊さんであったならば、少し問題があります。
浄土宗ではお浄土を説きます。浄土はあの世です。
死んで後に、阿弥陀様に救われて、お浄土の世界に行き、そこで、幸せに暮らす。
それを信仰の根本に据えていますから、あの世は確実になくてはならないものです。
禅宗では死後の世界をはっきりとは言いませんが、
教えにのっとって考えると、禅は自己責任の教えですから、
悪いことをすれば悪い世界に行き、善いことを積み重ねて生きれば、
善い世界に行くとなります。
この考えはなかなか厳しい考え方で、
ただ念仏を唱えれば行ける世界ではないわけです。
お釈迦様も明確にあの世の世界を語っていますので、
お釈迦様を信じれば、自ずと、死後の世界を信じなくてはならなくなります。
死後は必ずあって、善を積み、悪を止めて生きれば、
死後、善なる人が迎えてくださり、心平安に、
あの世の世界でほほえみもって暮らしていけるというのが、真実です。