難しい演題ですが、
まず生きているうちに、立派なことをしておけば、
亡くなっても、その人ことが称えられ、
輝き続けるということが一つあります。
もう一つの考え方は、
自分自身に照らして、生きているうちにしっかり生きていれば、
「ああ、よく生きたなあ」と、自分自身をほめることができる
ということがあります。
この場合、死後、何も無くなってしまえば、
そんな思いになることはできません。
死ぬ間際に、一生を回顧して思うことはできますが、
死後の世界がなければ、こんな思いになることは、極めて難しいことです。
しかし、死後の世界が実際にあって、
死んで後、自分の今までしてきたことを、ゆっくり思い返し、
あの時、苦労したけれど、よく乗り越えてきたと、
静かに思い返せる自分がいたとすれば、
死後の輝きを自分自身で感じ取ることができます。
浄玻璃の鏡というものがあって、
人は亡くなると、必ず自分の一生を映画のようにその鏡に映しだされ、
反省をさせられるといいます。
人生には大きな波や小さな波があって、
さまざまな人の支えを得ながら、乗り越えていきます。
大きな波が来た時に、一生懸命、
負けないで乗り越えようとする生き方を死後に映像で見れば、
きっと一緒に見てくれている人も、称えて喜んでくれることでしょう。
それを人のせいにして、いつまでも文句ばかり言い、
その苦労から逃げていれば、決して輝いた生き方でなく、
人はその映像を見て、目をそらすはずです。
死後の輝きを得るために、今の自分の生き方が、
死後みんなの前で見せられるという真実をしっかり受け止め、
今生きているうちに、正しい生き方をすることです。
死後、もし自分の人生の輝きを見ることができたなら、
こんなに嬉しいことはありません。その喜びは何にも代えがたいものです。
さらに、もう一つ大切なことを言い添えると、
生きているときに、「人に役立ちたい」と願い、
神仏に祈っている姿は、必ず死後の輝きを増すということです。