6月は梅雨に入り、雨の日が続きます。
信州の伊那は標高が600メートルもあるので、
雨の日は寒くなり、コタツが恋しくなります。
なぜか雨の日は憂鬱になりますが、雨が降らないと、
野菜や花などを育てている人にとっては大変なことです。
傘屋さんもこまりますし、結構、雨の降ることで助かっている人も、
確かに多くいらっしゃいます。
私の小さい頃は、学校で遠足などによく出かけました。
その遠足が楽しみで、雨が降らないようにと祈ったものです、
眠れない夜を過ごして、朝晴れていると嬉しくて飛びあがったものです。
このように雨が降るのを待っている人と、
雨を嫌がる人がいて、さまざまです。
雨には悪いのですが、今日のテーマは、この雨を
「思うようにならないこと」や「苦しみ」などに置き換えてみます。
思うようにならないことは辛いことですが、
この言葉を受け取るのには、二つの在り方があります。
一つは思うようにならないから、辛く大変だ、というとらえ方です。
実際、思うようにならなければ大変です。
人の気持ちを自由にコントロールできれば、
どんなに生きやすいことでしょう。
しかし、人の気持ちを自由に、自分の思うようには動かせません。
スポーツで金メダルを取りたいといっても、そんなに甘くなく、
思うようにはいきません。
では、もう一つのとらえ方はどうでしょうか。
思うようにならないから、人生は面白いし、成功した時の喜びも大きい。
そう思うと、思うようにならない世界も違って見えてきます。
すべてがそうで、苦しみがあるから生きていきたくない、と思うのと
苦しみがあるからこそ、喜びが深く学びも大きい、と思えば
苦しみも違って見えてきます。
雨の日は嫌なものだと思えば、気も沈んできますが、
雨の日もいいものだと思えば、心も軽くなってきます。
周りのことに大きく左右されることなく、
物事を良い方に取られて生きていったほうが、
より充実した生き方ができるのです。