自分が変わるというのは、自分の意見や見解が曖昧で、
人の言葉にころころ自分が変わるという意味ではありません。
もしそうであれば、他の人から
「あの人は信用できない」というレッテルを貼られるのがおちでしょう。
ここでの自分が変わるというのは、
自分が変わることで、他の人が幸せになり、
自分も幸せになっていけるということです。
人はとかく、相手を変えようとします。
自分が幸せでないのは、相手が悪いと考えやすいのです。
「相手が私を理解しようとする努力が足りないから、私は不満だ」とか、
「私はこんなにしてあげているのに、あなたがあまりにも無関心だから、
幸せになれない」など、いろいろです。
しかし相手を変えるというのは、極めて難しいことです。
会社でも自分の思うようにならないことばかりです。
上司の意見に従わなくてはなりませんし、自分の時間を拘束され、
給料も思うようにはいただけないものです。
会社はともかくとしても、家の人は変えられるだろうと思っても、
妻や夫をいつまでも自分の思うように動かすことはできません。
子供でさえ、小学校を過ぎれば、言うことを聞かなくなります。
お年寄りも年を取ればとるほどに、頑固になっていく人が多く、
若い人は若い人で考えがありますから、しだいに両者の間に摩擦がおき、
結局一緒には住めなくなってきます。
そんなときには、まず自分が変わっていくという決意をすることです。
嫌なことを言われれば、相手を責めるばかりでなく、
その言葉を受け流していけるように自分が変わっていくのです。
相手が分かってくれなければ、さらに善を推し進めていく努力をしていくのです。
あるいは病気になれば、神様やまわりの人を責めるのでなく、
何か気づかせてくれる尊い出来事なのだと思い、自分が変わっていく。
そんな生き方の中に、人は大切なものを発見できるのだと思うのです。
何事も他の人の責任にしていては、
何の発展もないということを心すべきだと思います。