学びにはいろいろありますが、基本的には読み書き計算があります。
これは、この世で生きて行くために、なくてはならない学びです。
後進国では、まだ字の読めない人がたくさんいますが、
字が読めるというのはありがたいことなのです。
アメリカの大統領になって奴隷解放に力を尽くしたリンカーンは、
小さいころ一年ほどしか学校へいっていません。
「学校などいく必要ない」という父を説得した義母、サラのおかげで、
学校へ通うことができたのです。
一年間という短い間であってもリンカーンは字が読めるようになりました。
サラの持っていた本や、人から読みたい本を借りて、よく本を読んだといいます。
もし、学校へいくこともなく、そのため字が読めなければ、
リンカーンが大統領になる道はさらに険しいものになったことでしょう。
本を読み、そこから多くの知識を得るために、字を読めるようにする。
これは大切な学びです。
またこの世でみんなが幸せに暮らせていくためには、
礼儀やマナーも学んでいかなくてはなりません。
マナーは家庭で、親が子どもに教えるのが基本ですから、
大人がまず社会のルールを守り、それを子に教え、
社会の平和を築いていかなくはなりません。
そのために礼儀作法を学びます。
さらに仕事からの学びや、人間関係、
あるいはさまざまな体験から学ぶこともあります。
それが心の肥やしになっていきます。
この世には多くの学びがありますが、その学びの根本のところに
「人としてどうあるべきか」という目標がなくてはならないと思います。
人として多くを学び、人格を向上させ、
できればその力で社会に貢献できる人となっていく。
この精神が学びの原点にあるというのが大事になると思われます。
その意味で、学びは生涯続き、終わりはありません。
「死ぬまで学びである」とよく言われることですが、
常に学びを深めようという戒めを持ち、人としての道を究めていくことが、
また、充実した人生を手に入れる方法でもありましょう。