心の内からやさしさがあふれてきて、まわりの人を幸せにしていく。
そんな生き方ができればと思いますが、
「そんな馬鹿なことができるはずはない」と思われる人もいらっしゃると思います。
72才になる女の人がバスに乗りました。
重い荷物も抱えていて、空いている席を探しましたが、ありません。
席には登校中の高校生が10人ほどおしゃべりしながら座っていました。そのうち一人が、この女性の顔を見て
「どうぞ」といって席を譲ってくれました。お礼をいって座らせてもらったのですが、
その子とおしゃべりをしていた隣の女の子が
「うわあ、びっくりした。なによ、いい子ぶっちゃって」
と大きな声を上げたのです。この女性はこの言葉にびっくりして
「あのね、荷物重かったから、席を譲ってもらって、とてもうれしいわよ」
というと、大声をあげた女の子はキョトンとしている。
その女の子の前には別の老人がつり革につかまっている。思いやりのある子をちゃかしたり冷やかしたり。
あとでいじめをうけなければよいのだけれど・・・。
よい子を引きずりおろすような風潮に考え込んでしまった。(朝日新聞 平成18年7月25日付)
こんな投書がありました。
よいことをすると、「何してんの」と批判する。
「人のため」というと「何偽善ぶってるの、そんなことできるはずがないじゃない」
という。
ましてや「やさしさがふれてくる」といえば、
「そんなこときれいごと言って・・・」と思ってしまう。
その心は、席を譲った子をちゃかした女の子のように、心が病んでいると思うのです。
「やさしさがあふれてくる」という心境は、ほんとうはあたりまえのことで、
とても大切な生きる心構えなのですが、
それをどこか遠い世界のことのように思ったならば、
「自らの心が病んでいる」と見極めなくてはならないと思います。
まず「やさしさを大切にしよう」と思う。
そう思って、次に少しずつ実践にうつしていく。
そうすると、木漏れ日のように、心の内からやさしさの光が漏れてくるのです。