家族が病気をしたり、自分に不幸があったりすると、
神仏に「どうぞこの病気が治りますように」とか
「幸せになれますように」と祈る事があります。
祈るということは、祈られる対象があるということで、
その対象を信じ、尊敬する気持ちがなくてはなりません。
自分がうまくいかないときだけに、
どこかに神や仏がいるなら、救ってほしいという、いい加減な思いで祈っても、
その願いはなかなか実現するものではありません。
やはり見えない世界に、
いつも私たちを導き、見守ってくださっている尊い存在があると、日頃から信じ、
その方に尊敬の念を抱きながら、日々を送っていることが
祈りの大前提にあるといえます。
祈りの前には必ず、身を清め、心を正すことが必要です。
そう考えると、神仏は常に清浄で正しい心の在り方を望んでいる
ということが分かります。
目上の人に会うときでも、寝巻き姿では会えません。
服装もそれなりのものを着て、言葉使いも丁寧にします。
心は見えませんから、そこまで気を使うことはありませんが、
神仏は、自分の心の内まで見通す力を持っていますから、
祈りの際には心のほうまで正すことが必要になるわけです。
できれば、祈るときばかり心を正すというのではなく、
日頃から正しい生き方を心がけ、
心の汚れをのぞいた日々を送っていることが大切になります。
また祈りの際には、こちらかの一方的なことをお願いするのですが、
それがもし叶わなかったとき、神仏を裁くような思いを持っていけないのです。
そのときは、叶わないなりに、
「この窮地から、神は何かを学びとっていけというのだな」と思って、
自助努力していくことが大切です。
祈りには、神仏からエネルギーをもらうという祈りもあります。
「神よ、私に勇気をお与えください」「仏よ、私に慈悲の光をお与えください」
と祈り、イメージの中で自分が神仏の光に包まれていることを想像します。
そうすると、神仏のあたたかな光をいただけます。
この祈りは必ず神仏に通じていきます。
疲れたとき、生きていくのが辛くなったとき、
どうぞ、この祈りをし、前向きに歩き出してください。