お寺のまわりには、四季おりおりに、さまざまな花が咲きます。
その花の種類も多く、名も知らない花も沢山あります。
でも、その花の姿は一つひとつみな違っていて、
なぜこんなに多くの違った花があるのだろうと思ってしまいます。
お寺の裏庭の日陰に、どくだみという草が沢山生えています。
薬草に使えるということですが、少し臭(にお)いがきついので
あまり好きではないのですが、花は白くてとてもきれいなのです。
その花の白さを見ていると、心が休まり、
「この花があまり好きではない」という思いが恥ずかしくなってきます。
それは可憐な花の白さが純粋に見えるからでしょう。
あたかも小さな子供が、野にあるお地蔵さまに手を合わせている姿に似て、
汚れがないからだと思うのです。
大地から芽を出し、花を咲かせるまでは、
花たちも花なりに多くの困難を得てきたことでしょう。
夜の寒さや雨の日も、風が吹く嵐のような日も、
じっと花を咲かせるためにその場にいて、自分の命を燃やし続けている。
そしてその汚(けが)れのない純粋な思いを保ち続けています。
その点、人とはなんと弱い生き物でしょう。
苦難があればその場から逃げたいと思う。
その苦難に負けては、心まで汚(よご)し、
自分の不幸を嘆き、人を憎むこともあります。
自分の置かれた環境が悪いから、幸せになれない。
そのような思いでは決してきれいな花は咲かないでしょう。
その場にあって、強く生きていこうという意志と笑顔の自分があれば、
それが成長していく力になり、人が支えてくれることを深く思う感謝の心が、
自らの花を咲かせる肥やしとなっていくのです。
花に学びましょう。純粋な思いを。素直な心を。
それが白い花のように、周りの人をも幸せにしていきます。
苦難はいつか過ぎ去るものと悟り、
自分の置かれたこの場からできるかぎり逃げない。
その場に自分の花を咲かせる。
そう花に教えられます。
「花のごとくあれ」これは見えない世界から発せられた、
私たちが正しく生きていくためのメッセージなのかもしれません。