法話

開いて手を合わす 5 一華を育てていく

美しい世界を見る

私たちの心には、尊さを感じ取る力があります。
それは一華という一つの小さな花の尊さにたとえられるのです。

そんな尊さを自分の中に見つけると、
自分を取り囲む世界に、たくさんの尊い花を見つけることができます。

怒りの思いで相手を見ると、相手を許せない思いになります。
不満の思いで相手を見ると、相手が嫌な人間だと見えます。
どん欲な思いで相手を見ると、相手がケチな人間に見えます。

昔、次女が中学生の頃、彼女が学校から帰って来た時、
「掲示板を見たか」と問うと、「見てない」といいます。
「掲示板に、ただで見られるものがあるぞ」と言うと、
カバンを置いて、掲示板を見に行きました。
帰るなり「お父さん、ほんとだ」というのです。

掲示板にはこう書いてあったのです。

腹たたば、鏡を出してみよ。鬼の姿がただで見られる

心の中でいら立ち腹を立て、その顔を鏡でみると、そこに鬼が映っているのです。
そうではなく、自分の内にある尊い思いを大事にして、まわりを見ると、
そこにはきっと、美しい世界が見えるはずです。

ふり返り見る一華の花

3回にわたって、「一華開いて手を合わす」というお話をしてきました。
この中で、一華という尊さを思い返してみましょう。

足の悪いおじいさんが「なあに、早く歩けないだけね」と言って笑っている。
そんなおじいさんの生き方の中に。

工藤直子さんの詩に、
「わたしはわたしの人生から出ていくことはできないならば、ここに花を植えよう」
という生き方の中に尊さを見つける。

「手を合わせ 静かに目をつむる時
うかんでくるよ ののさまの やさしい その笑顔」という仏教賛歌があること。

「あなたたちの家族の幸せが、お母さんの幸せです」と娘に行った言葉の中に。

夢多き年末ジャンボ外れても変わらぬ今に乾杯、という短歌から、
平凡だけれども、いつもの変わらない生活ができていること。

散歩していたら、無人の直販所があって、
そこに大きな日本を見つけたという、お話の中に。

何も教えないのに、観音様の前に来たら、
手を合わせて頭を下げた子どもさんの行いの中に。

この世には無駄なものが一つもないという言葉の中に。

お経を聞いて、怒りの心が消え、感謝の思いに染まった女性の瞳に中に。

「つらいことがあったら、お経を唱えるといい」と祖父に教えてもらい、
遭難しそうになった海の中でお経を唱えて助かった
小学校3年の男の子の体験の中に。

ことばと出会い、勇気をもらった人たちの生き方の中に。

障がいを乗り越え、笑顔で前向きに生きる人たちの生き方の中に・・・。

この3回のお話の中に、たくさんの大切な生き方がありました。
生きていくどんな時でも、一つでも尊い花の生き方を見つけ出していきます。
その尊さを、手を合わせて受け取り、自分の心の花を育てる力としていきます。

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