お話のとらえ方
工夫の意味というお話をしましたが、
次に、物事のとらえ方の工夫について考えていきます。
人との関係や出来事、あるいは本から得た知識やお話を聞いてどう思うかは自由です。
この「法愛」を読んでいる人も、内容を知って、
「この生き方は良いと思うし、このように生きられればいいけれど、
そんなに上手くは生きられない」
という人もいます。
あるいは
「『法愛』を読んで13年(平成27年現在)になります。
こんな生き方ができればいいと、私なりに少しずつ少しずつですができるようになり、
心穏やかになってきました」
という女性もおられます。
また「法愛」(平成27年7月247号)のメイン法話の演題が
「脚下を知る」の3回目で、この文章の中に出て来る、
母が息子を殺害したという文を読み、そのことで、ハガキをくださった方がいます。
この事件は平成21年5月から始まった裁判員制度での裁判でしたが、
息子を殺した母の事情を鑑(かんが)み、執行猶予つきの懲役3年の判決でした。
(詳しいことを知りたい方、247号をお読みください)
このお嫁さんは
「義母を恨むことはありません。
子どもが『バアバはお父さんを天国に連れていってくれたんだね』と言っています」
と、調書を読み上げたと書きました。
ハガキの内容を載せます。
今月も「法愛」ありがとうございます。
「息子さんを殺した母」のお話、衝撃を受けました。
自分が妻だったら、また母だったらどうするだろうか、と。
でも、その考えることが、脚下を知ることであると教えていただきました。日々無意識でいると、人様を批判の目で見てしまっていることがあります。
自分はどう? 私はどうだろう?
と省みることなく過ごしていることに気づきました。意識を広げ心の面積を広げなければ、と思います。
ありがとうございました。
お話の印象に残っている部分を、自分の生き方と照らし合わせ、
今の自分が、どう生きればよいのかと、自らに問うています。
そして、心の面積を広げなければと持戒しています。
こんなとらえ方をしている女性もいます。
「法愛」の同じ話を、それぞれの立場でとらえていますが、
できれば、そのとらえ方に、少し工夫を入れて、自分の今現在の心境、
あるいは生き方にプラスになる点をピックアップ(拾い上げること)して、
それを自分の生き方に繰り入れていくのが、良いのではないかと思います。
見る角度を変える
日本の俗信で枇杷(びわ)の木は縁起が悪いといいます。
最近読んだ町田そのこさんの『うつくしが丘の不幸の家』に
枇杷のことが書いてありました。
信子という女性が、枇杷のことを、
枇杷のお茶は胃腸を整え、煮詰めたら塗り薬として日焼け薬やかゆみ止めになる。
種だって焼酎漬けにすれば内臓にいいし、軽い風邪にも効く。
そんな枇杷の効用を求めて、病人が訪ねてくる。
枇杷の成長は13年かかる。その間に、死ぬ人もでる。
たったそれだけで、枇杷を嫌なものと信じてしまう。
見る角度とか自分の心持ちとか、こんなことで?って、
笑えちゃうような些細な理由で、良いものも悪く見てしまう。
こんな場面です。
枇杷の効用を見るのでなく、病のほうを見て、縁起が悪いというわけです。
見る角度や自分の心持ちを変えれば、
同じものが良いものになったり、悪いものになるのです。
そうであるならば、プラスの見方、良い見方を工夫していくほうが、幸せになれます。
(つづく)