法話

尊さを見つけだす力 1 富と貧しさにあるもの

富と信心

今回のテーマは、尊さを見つけ出す力ですから、
富と貧しさの中に、どんな尊さがあるかを考えてみます。

まず、富ついて考えていきます。

富は尊いものと思えば、富める人になっていくし、
富を否定して、「そんなお金はいらない」と思えば、富は集まってきません。
また、富はその使い方で尊いものになったり、汚れたものになったりもします。
どう富を尊いものにしていくかが問題になります。

富があれば毎日の生活に困ることはありません。
3度の食事を心配なくいただけるのも、富がある故です。

私がお寺に入った時は、20代の前半で、
住職になる時、当時の総代さんから「このお寺では食べていけないので、
和尚さん、何か別の仕事を見つけてほしい」と言われました。
兼職をしてくれということです。

私自身、2つの仕事をかけ持つという、そんな力量はないので、
「他の仕事にはつかずに、お寺を守っていきます」と答えました。
それから、生活を安定させるのに大変な思いをしましたが、
何とか食べていけています。

今考えてみると、微力ではありますが、
信心を持って正直に仏様のことをしていると、神仏が助けてくれる。
そんな結論に至っています。

毎日、「仏様のおかげで、幸せに暮らさせていただいています」と、
感謝をささげています。

飢えということ

飢餓で苦しんでいる人を調べてみると、
2018年には、世界で1日に4万~5万人、
年間では約1500万人以上の人が、飢えで亡くなっています。

そのうち7割が子ども達です。
特にアフリカでは飢餓人口が2憶5650万人もあるといいます。
これらの人たちは、豊かな富があれば救えます。

日本ではそんな人はいないだろうと思われがちですが、
調べてみると「相対的貧困層」という人たちがいるようです。
難しい表現ですが、今までの飢餓とは違い、
その人が飢餓で苦しんでいるとは気がつかない人たちをいうようです。
その比率ですが、7世帯のうち、1世帯もあるそうで、
1人親では半分の世帯が飢餓の状態にあると言われています。

そんな人を助けるために「こども食堂」を
東京都の大田区に住む八百屋さんが2012年に始めました。それが全国に広がり、
手作りであたたかな料理が格安で食べられ、栄養失調の子や、
まともな食事を取れずに病気になりやすい子ども達の助けになっているようです。

このようなことを考えていくと、毎日困らずに食事を取れる、
そんな豊かさがあるというのは富のお陰といえましょう。
そして、そのことに気づくことが尊さを見つけ出す力になっていきます。

尊さが見える

ここで、ひとつの詩を紹介します。
37才の女性の方が書いています。「私の幸せ」という題です。

「私の幸せ」

私の幸せ
当たり前のことが
どれだけ幸せなことか
やっとわかった

話すことの幸せ
食べられることの幸せ
歩けることの幸せ

だけど一番は
それに気付かせて
くれた今と
支えてくれた夫がいる
その存在が幸せ

(産経新聞 平成27年1月29日付)

当たり前のことを、そうでないと気づいたとき、
そこに尊さが見えてきます。

質素な暮しであっても、そこに感謝の気づきがあれば、
幸せがそこにほほえんでいるのです。

貧しさの中の尊さ

誰しもが貧しいよりも豊かで、富んでいるほうが良いと思います。
富があり豊かであることはありがたいことですが、
貧しさの中にも尊いものがあるのです。
貧しさの中で、何が尊いか。生き方に重ね合わせて4つほど挙げてみます。

まず、自分を見つめることができる。
2番目に、物を大切にできる。
3番目に、生きる力を得る。
そして4番目に支える立場に立つことができる、です。

自分を見つめることですが、道元が
「学(がく)するものは貧(ひん)なるべし」という言葉を残しています。

修行とは、余分なものを持たず、必要最低限のものを持ち、
ただ、自らを見つめ、自己とは何かを探求するものです。
お金や車、華美な服や装飾品や豪華な食べ物など、物欲にとらわれていると、
一心に学ぶ姿勢が崩れてしまうのです。
修行僧が、この世のさまざまな情報を遮断して山にこもる意味が、理解できます。

2番目は物を大切にできることです。
私の小さかった頃は、物が豊富にある時代ではなく、
卵ひとつでも尊く、めったに卵かけ御飯など食べられませんでした。
今の時代は、卵は豊富にあって安価で買い求めることができます。
卵かけ御飯など珍しくもなく、ぜいたく品でもなくなりました。
でも、昔、そんな体験をしていると、物の大切を思い返します。

3番目の生きる力を得る、です。
たとえばリンカーンはアメリカの大統領になりましたが、
小さい頃は貧しい農家の子でした。学校も1年くらいしか行っていません。
最初のお母さんであるナンシーは働き過ぎて30代で亡くなっています。
2番目のお母さんはサリーといって、リンカーンに勉強の大切さを教え、
本を読ませたといいます。
貧しい中でも学びながら立派な人生を歩んでいったわけです。
そんな伝記を読むと、私も頑張らねばと、生きる力を与えてもらえます。
雑草のような強さを得るのです。

4番目は支える立場に立つ、でした。
貧しい生活をすることで、貧しさがどんなことかを知ります。
やがて苦労を重ね、富を得たとき、貧しさを知っているゆえに、傲慢になることなく、
貧しさで苦しんでいる人を助けてあげようとする気持ちを大切にできるのです。

こども食堂を開いた人も、きっと貧しさの苦労を知っているのです。
富と貧しさには、その人の生き方で、尊いものになったり害になったりします。
この両者から、常に尊いものを見つけ出す、そんな自分を育てていくことです。

(つづく)

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