法話

丁寧に生きる 4 心をこめて生きる

自分の良さを生かす

丁寧に生きるために、自分の良さを生かすことが必要です。
そのために、自分の良いところ、
利点とするところを知っていなくてはなりません。

金澤翔子さんという書家がおられます。
ダウン症を患う女性ですが、神がかりのような字を書きます。

かの女が実際に書を書くところも見たことがありますが、
補助役をしていたお母さんの眼差しが印象的に残っています。

お母さんは泰子さんというのですが、
翔子さんが生後52日のとき医師から「知能がなく、歩けない」と告げられ、
絶望に暮れ、隠れるようにして育てたそうです。

一緒に死のうとまで思いつめたとき、
「神は無意味なものを作らない」という言葉に出合い、
真正面から受け止めるようになったといいます。

書家である泰子さんが翔子さんに、厳しく書の手ほどきをし、
10才のときに般若心経を書き上げ、
20才ときに、一度きりと思って開いた個展が評判になりました。
一人でも生きていけるようにと、母が子に授けた書の力は、
翔子さんの利点を伸ばし、30才でひとり立ちしました。

身体に不利な条件があっても、
自分の良いと思われるところを伸ばしていくと、
他によい影響を及ぼしていきます。

そこには粗雑さはなく、丁寧に生き抜いている輝きがあります。

鉛筆のたとえ

ここに鉛筆があります。
それからシャーペンとボールペン、万年筆、赤鉛筆、筆があります。
それぞれに使い方が違います。

私は鉛筆が好きで、濃いほうが使いやすいので2Bを使います。
でも鉛筆は芯が減りやすいので、たくさん字を書く時にはシャーペンを使います。

書類など鉛筆ではダメなときには、ボールペンを使います。
手紙などには万年筆を使い、書を書く時には筆を使います。
最近、花の絵を描きますが、色を添える時には筆で描きます。
本を読み、大事なところには赤鉛筆でしるしをします。

もし、塔婆に鉛筆で戒名を書いたりすれば、当然叱られるでしょう。
大事な書類に鉛筆書きをしても、書き直しをさせられるかもしれません。

それぞれの良い点、使い道を知っているからこそ、
それらのものを生かして使えるのです。

人も同じで、その人の良いところ、利点を生かして、
人に役立つ仕事をすることで、丁寧な仕事ができるようになるのです。

人生を導く良い言葉を持つ

丁寧に生きるために必要なことを、もうひとつ挙げると、
良い言葉(教え)を持つということです。
その言葉を心に染み渡らせ、日々、生きていくのです。

先月、渡辺和子さんの書かれた『面倒だから、しよう』という本の中から、
少しお話をさせていただいたのですが、
その中に、「泥かぶら」という舞台劇のことを書いていました。

真山美保さんの作だそうで、
どろんこのかぶらのように醜い顔をしていた少女が、
旅のおじさんから教えてもらった三つのことを実践し、
「仏さまのような美しい子」になったというお話です。
その三つの事を書きます。

いつも、にっこり笑うこと
ひとの身になって思うこと
自分の顔を恥じないこと

「泥かぶら」という劇は始めて聞くので、
もしかしたら絵本になっていないかと思いインターネットで検索すると、
やはり絵本になっていて、さっそく取り寄せ読んでみました。

原作が眞山美保さんで、文がくすのきしげのりさん、
絵は伊藤秀男さんです。簡単なあらすじです。

その昔、ある村に泥(どろ)かぶらと呼ばれた、
ひとりの女の子がいました。

ひとりぼっちの泥かぶらは、
「なんだ、その顔は、
なんだ、そのかみの毛は、
きたねえ、みにくい、泥かぶら!」
と、みんなからばかにされ、ますます人をうらみ、
らんぼうになっていきました。

そんなある日のこと、旅の老人に、
「三つのことを守ればきれいになれるよ」と教えられ、
がんばって、この三つのことを行ない、
どんなにいじめられても笑顔でいて、誰にでも親切にしました。

お父さんの大事なお茶碗をわってしまった
と泣いているこずえちゃんの代わりに、
私がわったとこずえちゃんのお父さんに言い、
こずえちゃんの代わりになぐられました。

ある日のこと、人買いのじろべえが
もみじという女の子を買にきました。
その時、泥かぶらは、
「私の方が病気もしないし元気。だから私を連れていって」
と頼み、もみじちゃんの代わりに、人買いのじろべいについていきました。

旅すがら泥かぶらは笑顔とじろべいの身になって、
じろべいを大切にしました。

じろべいは心を打たれ手紙とお金を残し、ある夜いなくなりました。

その手紙には
「こんなあくにんに、親切にしてくれてありがとう。
仏さまのように美しい子」
と書いてありました。

その朝、湖で自分の顔を映すと、
そこにはきれいな女の子の顔が映っていました。

こんなお話です。

泥かぶらのように、いつも笑顔で、人の身になって生き、
自分の顔(生き方)を恥じない。
そんな言葉(教え)を心にいただいて、日々、心をこめて生きていく。

そう生きる姿そのものが、「丁寧に生きる」姿なのです。
私もこうありたいと思う。そこから始めてください。

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