法話

人生観を高めるために 3 人生において、何に価値があるのか

つとめ励みの価値

人生観を高めるために、
人生において何に価値があるのかを考えてみます。

結論をひとつ言えば、
自分の人がらを深くするもの、成長させるものには価値があり、
逆に、その人がらを阻害させ堕落させるものに価値はない、
となります。

自分の人がらを深くし成長させるものの中で、
「怠らない」という生き方があります。
努力するということですが、そのことをお釈迦様はこう語っています。

つとめ励むは不死の境地である。
怠りなまけるのは死の境涯である。
つとめ励む人々は死ぬことがない。
怠りなまける人々は、死者のごとくである。

(『ブッタの真理のことば感興のことば』中村元訳)

ここの「不死」とか「死」という意味がわかりづらいのですが、
死は不幸と置き換えてみます。すると、ここの意味は
「つとめ励めば幸せになれる。怠りなまけていると不幸になってしまう。
日々つとめ励んでいる人は、ずっと幸せでいられるが、
なまけている人は、ずっと不幸のままである」
こう訳すことができます。

ある女性が亡くなっていく時、
「うちのおばあちゃんは、ほんとうに働き者でした」
という言葉を聞くことがあります。

そのような人は、苦労を重ね、大変な人生であったでしょうが、
そんな人生の中で、「つとめ励むその生き方は、幸せであったのだ」と、
お釈迦様は説いているのです。

日々汗を流し、怠らず生きていくことで、
人は心の内にある人がらや仏心(ぶっしん)という仏の心を深くさせ、
成長させていくことができるのです。

ぞうさんの長い鼻

まど・みちおという詩人がおられました。
平成26年2月28日に、104歳で亡くなられました。

まどさんの詩が歌になり、
多くの人を楽しませ心に癒しを与えてくれました。
その詩のなかで「ぞうさん」という詩があります。

ぞうさん

ぞうさん
ぞうさん
おはながながいのね

そうよ
かあさんも ながいのよ

ぞうさん
ぞうさん
だれが すきなの

あのね
かあさんが すきなのよ

(『まど・みちお全集詩』理論社)

こんな詩です。

まどさんが30代後半に作った詩です。
有名な詩ですから、誰もが知っているでしょうし、
歌も歌えるのではないかと思います。

この詩を私はただ、
ぞうさんのことをおもしろく書いた詩だと思っていました。
でも亡くなって調べてみると、
ここには深い意味があることを知りました。

まどさんが言うのには、

鼻が長いと言われれば、からかわれたと思うのが普通です。
子ゾウは「お母さんだってそうよ。お母さん大好き」と言える。
子ゾウがゾウに生まれたことを素晴らしいと思っている。

人のいうことに惑わされて、
自分の肝心な部分を見失ってしまうのは残念なこと。

この世に、同じ境遇で同じ姿で生まれ育だった人はいません。
みな姿や形も違います。両親も違えば、家族の形も違います。

もっとお金持ちに生まれればよかったとか、
もっと頭のよい子に生まれたかったとか、さまざまな欲求もありますが、
生まれたその場、その姿が尊く、自分に自信を持って生きていく、
そこに価値がある。このことを学べる詩です。

このように今の私を前向きにとらえ、
この私自身を愛し、大切にしながら生きていく。
こう考え生きるところに、心の内にある人がら、
あるいは仏心が素直に成長していくのです。

そうではなくて、「どうしてこんな私に産んだ」と文句を言っていると、
せっかく尊く光っている人がらが阻害され、人間としての光を失ってしまいます。

今与えられているこの身体、今の境遇を活かし、
「この世には一つとして無駄なものはない」
という思いで生きていくところに、人生が深まっていきます。

自分のまわりにあるすべてのものを、価値あるものに変えていくのです。
それが人生の素晴らしさです。

(つづく)

タイトルとURLをコピーしました