法話

豊かさに必要な心の持ち方 2 物の豊かさを考える

携帯電話の効用

今まで二つの豊かさについてお話ししてきました。
物の豊かさと、心の豊かさとが、複雑に絡み合って、
日々の暮らしが成り立っているということでした。

ここで、まず、物の豊かさについて、もう少し深く考えていきたいと思います。

まずいえることは、物が豊かであるというのは、
多くの幸せを維持していく力があるということです。

もう20年くらい前になります。
突然、懇意にしている電気屋さんが、
「これとっても便利ですよ。買ってくれませんか」と訪ねてきました。

よく知っている信用のある方だったので、
家に上がっていただき説明を聞いたのです。

その商品は携帯電話でした。
今ではコンパクトになって、さまざまな種類がありますが、
当時出始めのころは、電話の子機を少し小さくしたほどの大きさで、
10万円近くしました。

いつもお世話になっている電気屋さんなので、
承諾して購入することにしたのです。

当時、電話は家にくくり付けで、
持ち出して使う発想が広まっていない時期でした。

ある日ことです。その日はご葬儀が2つあって、
それも葬儀場が遠く離れていました。
1つ目は正午の開始で、2つ目は2時の開式です。

初めの葬儀は、1時間ほどで終わり、
すぐそこを出て、2つ目の会場に行こうとしたときです。
なんと外は雪景色。たくさんの雪が降り積もっています。

「これでは2時の開式に間に合わないかもしれない」
そう思いながら、隣に大事な和尚さんを乗せて、会場に向かいました。

雪が降りしきって、道路は渋滞です。
2時半になっても会場につきません。
そこで、最近買った携帯を取り出し、自分のお寺に電話をし、
「次の会場には1時間ほど遅れると、連絡を入れてください」と頼みました。

その様子を見ていた隣に乗っていた和尚さんが、
「携帯電話があるということは知っていた。
私は絶対そんなものは買わない、と思っていたけれど、
こういう時に必要なんだね。私も考えないと・・・」
というのです。

携帯電話のおかげで、多くの人が待っている次の会場に、
正確な時間を連絡できたのです。

その時に、携帯のおかげだと深く思ったことでした。
これも物の豊かさゆえの、有り難い出来事でした。

まず、豊かであることを知って感謝する

昔のことをあまり書いても余談になってしまいますが、
私の小さい頃は、母が早く起きて、かまどに火をつけ、薪を燃やして、
お湯を沸かし、お米を炊いて、朝食を作ってくれました。
母の後ろ姿を思い起こします。

今ではタイマー付きの炊飯ジャーがあり便利になりました。
その分、自分の時間を充分使える、そんな豊かな時代になりました。

水もそうです。以前は井戸の水を使っていたときもあり、
今では、水道から自由に水を使うことができます。
トイレも水洗で、それも飲むことのできる水です。

そんな豊さの中で生きていると、その豊かさをあたりまえと思ってしまうのです。
ときどき、そうではないんだという学びをしておくことが、
豊かさに立ち向かう心がまえかもしれません。

中学生で15才の女の子の投書を載せてみます。
「当たり前のことが幸せと知った」という題です。

「当たり前のことが幸せと知った」

先日ある本を読み、
今、私たちが置かれている環境がどれだけ幸せなものなのかを知った。

毎日帰る家があり、きれいな水を飲むことができる。
これが当たり前と思っていた。

しかしこれが当たり前でない国も多くあることを知った。
食べ物が無く死んでしまう人たちがいる中で、
食べ物を残している自分たちが、どれだけ申し訳ないことをしているのかを知った。

そして、普通に生きていくことができる環境が周りにあるにもかかわらず、
ささいな事に文句を言ったりしている自分がとても恥ずかしいと思った。

今がとても幸せということに気付いていなかった。
本当は、当たり前ということが周りにたくさんある今が一番幸せなのだと思う。

私は本を読み、当たり前ということの幸せを知った。
学校へ通えるのも、ご飯を食べられるのも当たり前ではない。
このことを忘れずに、これからも生きていきたいと思った。

(毎日新聞 平成24年2月12日付)

こんな投書です。

豊かさの中で忘れてはならない思いを綴っています。
物が豊かであることは、素晴らしいことですが、その中にあって、
その素晴らしさをいつも感謝の思いで受け取っていくことを教えられる投書です。

そして、豊かさを肯定する

豊かであることに感謝するとともに、その物の豊かさを肯定していく、
物の豊かさは必要なものであると認めていく。
そんな考え方が大切になります。

投書の女の子が水や食べ物のことを書いていましたが、
そのことについて『1秒の世界』という本が出ていますので、
少しそのことに触れておきたいと思います。

資料としては少し古いのですが、そこで、
1秒間に5才以下の子ども48人が汚染された水や食料で下痢になっていて、
それがもとで300万以上の子どもが亡くなっているということです。

あるいは飢えについて、
1秒間に0.3人、4秒にひとりが飢えによって命を落としている
という結果を出しています。
1時間にすると、1000人が餓死していることになります。

2002年の世界食糧サミットの演説で、当時のアナン事務総長が、
「世界で毎日2万4000人が餓死し、
8億人の生命が飢餓にさらされ、
そのうち3億人は児童だ」
と述べたそうです。

それ以来、さまざまな活動が行われていると思われますが、
水や食料が豊かであれば、貧しい人びとを救うことができます。
そう考えてくると、物の豊かさは、とても大切なことなのです。

これらのことは世界全体で起こっていることですが、
自分の身近な家庭内でも、豊かに暮らせたら、
これほど安心できることはありません。

でも、物の豊かさのみでは、充分な幸せは得られないのも事実です。
スクルージのように、お金には困らないにしても、
ケチで、心が狭く、欲深であれば、決して幸せにはなれません。

大切なのは、心の豊かさです。
心が広く、小欲で、富を分け与えることができる。
富はなくても、笑顔や、やさしさで人を支えることもできます。

次回は心の豊かさについて考えてみます。

(つづく)

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