法話

人生の隠し味 2 白鳥のたとえ

白鳥の優雅に隠されているもの

白鳥は水に浮き、優雅に泳いでいます。

それは羽毛(うもう)が水をはじくので、水に浮くのです。
羽毛は防水効果や寒い湖面を泳いでいても保温効果があるので、
その羽毛が白鳥の身体を守っているわけです。

また、見えないところでは両足を交互に動かしているので、
優雅に泳いでいるように見えます。

白鳥を見る時に、そのような分析はしないかもしれません。
ただ、その優雅な泳ぎに美しいと感じ見守っています。
でも、白鳥の美しく泳いでいる姿には、この二つが隠されていると思うのです。

人でいえば、この羽毛にあたるものは何でしょう。
羽毛のように生まれながらに持っていて白鳥を守っているもの、
それを仏教的にいえば仏心(ぶっしん)にあたります。

人はみな、生まれながらにしてこの仏心を持っていて、
各々の人生を守っているのです。これは隠された生きる力です。

この仏心があるからこそ、苦難を乗り越えていけ、
自分の幸せと相手の幸せを考えながら生きることができるわけです。
この仏心は人としての隠し味で、この心を正しく使うことで、
人としての味わいが深くなっていきます。

仏心の力はさまざまですが、そのひとつは、相手のことを思いやり感謝する力です。
ここで詩を紹介します。小学校2年の女の子の詩です。

かぞくのみなさんへ

おとうさん、
いつもしごとをして、
おつかれさまでした。
おかあさん、
いつもごはんをたいて、
ごくろうさまでした。
おばあちゃん、
いつもせんたくをしてくれて、
おつかれさまでした。
いつもなつみちゃんをせわをしてくれて、
ありがとう
りなちゃん、
いつもにこにこして
おりこうだね。

((『しなの子ども詩集46』から))

まだ小学校2年生なのに、よく相手のことを見て、
気づかう心を持っています。

相手を思いやり感謝の思いが、この詩から伝わってきます。
この思いが仏心であり、人としての味わいを高めているのです。

ひたむきな努力

白鳥が足を動かし泳いでいる、その足は見えません。
見えないけれども大切な役目をはたしています。

人としての生き方に照らし合わせると、
誰にも知られず努力を繰り返している、
そんなひたむきな努力だと思われます。

その努力が尊いのです。
ひたむきな努力、これも人生の隠し味で、
人としての味わいを深めるものです。

このお話はお寺の女性部の理事のみなさんにしたものですが、
その理事のみなさんの仕事に、1年に3回ほど、
お重を持ってきてもらう役目があります。

法話会の後に、
理事のみなさんが持ってきてくださったお重に入っていた料理を、
法話会に参加したみなさんで頂くのです。

「私が努力して作った料理よ」などという人は一人もいません。
みな心の内で「美味しく食べて頂けるかしら」という謙虚な思いがありますし、
料理を作ってきたご苦労も分かちあって頂くのです。

見えないところで一生懸命作ってきたことをみな知っていて、
感謝していただくわけです。そこに味わいの深さがあります。

仏心という、心の内に秘められている人としての大切な思い。
その思いを日々たんたんと努力して育てていく。
それが人としての隠し味となって、やがて白鳥のような、
美しい生き方が出てくるのだと思います。

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