法話

不幸を幸せに変える考え方 4 永遠の視点からこの世を見る

不幸を幸せに変える原動力

私たちはみな、この世に生まれてこうようと、
自分で意志し考えて生まれてきました。

この世は楽しいこともありますが、苦しみの多い世でもあります。
ですから、仏教では、この世を濁世(じょくせ)と言って、
心の汚れやすい世と表現しているのです。

苦しみでもがき、不満や不平を思って心を汚すのです。

この世限りであるという認識では、いつまでも不幸から逃れることはできません。
私たちはみな永遠の生命を持ち、現代のこの日本に生まれ、この世で多くを学び、
その学びを心を高める栄養素にして、死を受け取り、
あの世の自分の住まいに帰っていくのです。

そんな視点を考えの中にもっていると、不幸を幸せに変える原動力になっていきます。

強く生きていける

ある方の一周忌のとき、あとの食事の席で、
1人の女性が挨拶にこられ、葬儀の時のお話を覚えていて、
「和尚さん、本当そう考えると、強く生きていけます」と語ってくれました。

それは「この世にみな学ぶために生まれて来た」というお話でした。
名前を伏せて載せてみます。

ここに○○さんは数えで90年の生涯を閉じられました。

心あたたかな人で、
よく人の面倒を厭(いとわ)ずにみて、みんなから好かれた人でした。

しかもよく学ばれて、知恵深い人でもありました。

人はこの世に、学ぶために生まれてきました。
ある時は優しさを学び、あるときは耐え忍びを学び、
また創造することを学んだり、さまざまです。

○○さんは、仕事をしながら家族を守り子を育て、
そのなかで優しさを学び、また厳しさや、耐え忍びも学んだことでしょう。

そして創造することの学びの1つとして、水墨画がありました。
達磨さんを描き、観音様を描き、逝く時には、
その自分で描かれた達磨さんや観音様の掛け軸を床の間に飾ってもらい、
仏様に守られ逝かれました。

生前、観音様を描かれているときには、
写経と同じように、心を正して、描かれてことでしょう。
禅的に言えば、きっと心の中に、自らの観音様を感じ取り、
その姿を絵に写し取ったといえるかもしれません。

床の間の観音様の絵が、○○さんを送ってくれたように、
家族のみなさんが、書いてくれた「故人を偲ぶ言葉」をお読みし、
感謝の思いを込めて、送ってさしあげましょう。

優しい人で、子どもの私たちを叱ったりすることはありませんでした。
芯が強く、弱音を吐くことのない父でした。
ゲートボールや水墨画など趣味を楽しむことで、
遅い青春時代を楽しんでいました。

おじいちゃんからは「一生できる技術を身につけなさい」と言われ、
休むことなく専門学校に通い、勉強も頑張ることができました。
この言葉を胸に頑張っていきます。
おじいちゃんの温厚な姿が大好きです。
いつも優しく気をかけてくれてありがとう。
おじいちゃんが亡くなって、おじいちゃんの有難さが、いっぱい分かりました。

元気で働くことが大好きなおじいさん。
お世話になりました。頼りがいのあるおじいさんでした。
おじいちゃんに「思いやりの心」という言葉を贈ってもらいました。
この言葉を忘れないで、みな仲良く頑張ります。
長い間ご苦労様でした。そして、本当にありがとうございました。

この○○さんは、この世で大切な学びをして、
あの世の住まいに帰っていかれました。

家族の思いを読むと、いい人生を生きたと思います。
幸せを自分の手で作り上げ、みんなに惜しまれて逝かれました。
この方の生き方の中にも、幸せになれる尊い考え方が、たくさんあります。

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