穏やかさの価値を知る
先月心の認知症になる原因は、
貪欲であり、怒りであり、愚痴であることをいいました。
そんな煩悩を鎮(しず)める1つの方法が穏やかさです。
穏やかな心になると、貪欲や怒り愚痴の思いが薄れていくのです。
薄れてきて、本来の自分の姿が浮き出してくるのです。
調和を喜び、やさしさと思いやり深く、素直で清らかな心、
そんな神仏の光に似た思いが輝きだしてくるのです。
まず、心の健康を守るために、今、心が穏やかであるのか、
それとも波立っていて、いらいらしているのかを見定めることです。
この心の動きに気づくことです。
穏やかさが薄れてくると、煩悩が浮き出してきます。
すると心が煩悩で揺れ、波立ってきて、正しい判断ができなくなります。
先ほど清上(さやがみ)さんのお話を致しましたが、
そのお話の中で床の間の話がでてきました。
今風の家では、床の間を作る人はあまり多くはないかもしれませんが、
床の間には何を置きますかという質問をされたのです。
その時私は、床の間には仏様を置くと思ったのです。
清上さんの答えは、心を置くということでした。
お客様を迎えるのに、床の間に花を飾りますが、
その花に温かな心を置くわけです。
仏様を置くという私の答えと、そんなに違っていませんでした。
そんな心を置くと床の間で、静かに掛け軸を見ながら、
心を穏やかにして、静かな自分の心を置いてみると、自然と穏やかになってきます。
穏やかさは、それ自体、大切な宝であるのです。
心の学びを怠らない
次に心の健康で大切なことは、心の学びをするということです。
心の学びをする1番目は、法話会に参加するということです。
法話を聞きながら、
「感謝とは尊いことなんだなあとか、
笑顔が大切なんだ、自分を律することは幸せになるためには必要なんだ」
など、法話会に参加して、心の点検をするのです。
特にお寺の御堂に集って、仏様に守られながら、教えを聞くことは、
心の安らぎに通じていきます。
温泉にいって身体や心を休めるのもいいのですが、
み仏様に守られ、み仏様の教えを聞くことは、魂の唯一の安らぎなのです。
そしてそんな法話会に集えなくても、日々教えを紐解(ひもと)いて学んでいくことも、
心を健康にしていく大切な方法です。
先月の「月の言葉」は、
自分のことばかり考えていると 幸せが少しずつはなれていく
でした。
そんな言葉を心に染み込ませ、
「自分のことばかり考えないで、
夫や妻、子や父母、家族のことも考えてあげなくてはいけないなあ」
と、自分を戒めてみる。これだけでも、心が病にならない方法なのです。
その意味で毎月出している「法愛」を読むというのは、心の健康を維持する大切な方法です。
力あまる人は、さまざまな本を読まれて勉強するのもよいでしょう。
お釈迦様は、
「適当な時に教えを聞く」これがこよなき幸せであると教えています。
教えを聞いて、その教えに沿って人として正しい道を歩もうと決意する。
そう思える人は、心は健康で、人のために生きられる人です。
認知症のお話をいたしましたが、
身体的な認知症になっても、心は私がお話しした「まあるい尊い心」です。
ただ心の思いを伝える脳の機能が低下したので、
正しく自分の思いを伝えることができないでいるだけです。
本当の心と心の触れ合いが、難題を解決していくと思われます。