まず、誠実に生きることが、
自分の命を大切にしているということについて、お話し致します。
どうして誠実さが、命を大切にしているかを考えながら聞いてください。
(この誠実さは、二つの命の一つ、「心の命」に関わってくることで、
続きである来月のお話になります。どうぞ、忘れないで、今月をお読みください。)
私が中学生の頃、私もこの学校に通いました。
たまたま生徒会の体育委員長になり、こんなことがありました。
昔は今よりずっと寒く、田んぼに水を引いて、その水を凍らせ、
その上でスケートをしたのです。田んぼにできたスケートリンクです。
朝になると、今日スケートができるかできないかを、
スケートリンクを見て判断をしなくてはなりません。
その判断を体育委員の顧問の先生がしなくてはならなかったようです。
先生は自宅から電車で通うほど遠くに住んでいたので、
学校に近い私が、先生に相談をうけ、「私が朝、見に行きます」と、
先生と約束をしたのです。
毎日朝5時30分に起きて、学校近くのスケートリンクに行き、その様子を見て、
当時学校に泊っていた用務員の先生に、
朝6時ごろ、スケートができるかできないかを知らせたのです。
それがスケートのできる間ずっと続きました。
そんな生活をするなかで、
いつものように用務員の先生に、スケートリンクの様子を知らせた時に、
「君を、顧問の先生が、とてもほめていたよ」というのです。
当時、体育委員長としてあたりまえのような気でやっていたのですが、
間接的でも、ほめていただいてとても嬉しい気持ちになりました。
中学を卒業して高校に行ったときにも、春富中学校の前を自転車で通ると、
ときたまその先生に朝道ですれ違い、先生のほうから先に、私に会釈をしてくれ、
とても恐縮したことを覚えています。
当時はあまり気がつかなかったのですが、
年を経るにしたがって、かつて体育委員長として真面目にしたことが、
実は「誠実に生きる」ことであると知るようになったのです。
そしてその誠実さが、実は私の命を生かしめている、
大切な心の食事であったことを知ったのです。
そして誠実に生きていることが、
自分の命を大切にしていることでもあると強く思うのです。
このことをもう少し分かりやすく、お話していきましょう。