法話

心の健康を考える 4 心の健康

心を病気にさせるもの

では心の健康を考えていきます。

身体の健康は随分本などがでていて、学ぶことができますが、
心の健康となると、その類(たぐい)の本は見つけにくくなります。

先月号でも、人が車に乗るように、心は身体に乗り、
この世を走って、さまざまな体験を積みながら成長していくというお話し致しました。

その心自体が病気になってしまっては、この身体も乗りこなせないし、
この世の学びも積めなくなってしまいます。

まずこの心を蝕(むしば)み病気にさせるもの、心の毒といってもいいでしょう。
その毒を少し挙げてみます。

取り越し苦労、不安、恐れ、我欲(がよく)、怒り、貪欲(どんよく)、
不平、不満、自分勝手、利己的、嫉妬(しっと)、疑い、怠惰(たいだ)、
うらみ、うそをつく思い、いつわりの思い、ねたみ、失望、不信仰、不信心

読んでいるだけで、病気になりそうですね。

これらはみな、心を病にする毒といえます。
心を害するマイナスのエネルギーなのです。

不思議なことですが、
「これは毒きのこだから食べないようにとか、
これは毒が入っている餃子(ぎょうざ)だから、食べないように」と言われると、
ほとんどの人が気をつけて食べないようにします。

しかし、「心を病気にするような、これらの毒を食べないように気をつけましょう」
と言っても、いつの間にかこの毒を心に食らってしまうのが私たちです。

「不平不満な思いは、心を病にしますよ」と分かっていても、
つい不平不満の思いがふっと起こってきて、
それが言葉に出、行動に出てしまいます。

「女房が敬語そうとう怒ってる」という川柳がありましたが、
怒ってはいけないと知っていても、つい怒りが出て心を乱してしまいます。

車イスのマークを貼って、
障害者でもないのに、障害者向けの駐車スペースに車を止め、
平気でいる人もいます。

これは我欲であり、自分勝手という毒に心がやられているからです。

これらの毒を食らわないように、
常に心の健康を考えて生きていることが大切になるのです。

心の健康を考える

心が常に健康でいられるために、常に教えを学びとっているが大切です。
教えは心の乱れを取り、どのように生きることが正しいかを教えてくれるものです。

お釈迦さまの教えの中に、

真理を喜ぶ人は、心きよらかに澄んで、安らかに臥(ふ)す。
聖者の説きたもう真理を、賢者はつねに楽しむ。

(『真理の言葉』中村元訳 岩波文庫)

とあります。

「真理すなわち教えを喜んで受け取り学んでいる人は、
心がきよらかで安らぎに満ちている」というのです。

前章で心の毒となる一つに、「不安」がありました。

不安の反対は安らぎですから、
不安という毒を食らわないために、教えと言う薬(栄養)をいただくわけです。
すると、安らぎという心の健康を得ることができるわけです。

この「法愛」も一つの教えで、心の健康を保つためにあります。

考え方の根底はお釈迦さまの教えですが、
未熟な話し手なので、誤解を招く表現もあるかもしれません。
そんな未熟な点は、寛容に読み流していってください。

この不安については、まず、
「人生には不安はつきものである」と悟っていることが大事です。
「この世は諸行無常である」と悟るのと似ていますね。

不安には、病の不安、老いの不安、死の不安。失敗や成功への不安、さまざまです。

自分はこんなに心配事が多くて不安である。それなのに隣の家は幸せそうだ。
そんな時があるかもしれません。

でも、隣の家庭もそれぞれの不安を抱えて生きているのが人生です。
さまざまな人の知れない不安を乗り越えて生きているかもしれません。

Aの家庭、Bの家庭、Cの家庭のすべての人が
ずっと不安なく幸せに暮らしていうのではないわけです。
どの家庭でも不安を抱えて、それに打ち勝とうとして生きています。

子供がいない家は、子どもがいる家は幸せそうだと思う。
一方、子供がいる家は、たまたま子供が犯罪を犯してしまって、
これなら子供がいないほうがいいと思う。

そんなさまざまな不安を抱えみな生きています。

「みんな不安を感じ生きている。
だから他の人の幸せをうらやむことなく、相手の幸せをたたえてあげ、
自分も幸せになろうと努力していく」というのが一つの教えになります。

不安の8割は取り越し苦労から来ていると言われています。
ありもしないことに不安や心配をして暮らしているわけです。

不安を紙に書き出しても、おそらくすべての不安がやってくるわけではなくて、
自分の思いすごしのところが多分にあるのです。

どうなるか分からない未来のことを、あれこれと思い悩まないということですね。

時計が私の机の上にあります。

この砂時計は3分間ですが、
一度に砂を落そうとするのでなく、小さな穴から少しずつ砂を落していきます。

人生も同じで、できることを一つひとつ解決していけばよいのです。

さまざまな不安があるけれども、
全部一度に解決するのでなく、一つひとつできるところから解決していけば、
砂時計の砂がやがてみな下に落ちるように、すべてがきっと解決していきます。

もう一つの教えは、
不安が来ても、それに左右されない備えをしておくということです。

東日本大震災では、地震が来る前に、避難訓練をしたり、
さまざまな備えをしいたはずです。

訓練をしていなかったら、もっと被害は拡大したはずです。

冬になれば寒さに耐えるための備えをします。

アリとキリギリスの話のように、
夏の間しっかり働いて冬の備えをしたアリは安心して冬を越します。

でもキリギリスは遊んでばかりで、
冬の備えをしておかなかったので死んでしまうわけです。

健康を保つための心の備えの一つは、あたたかな家庭を作っておくということです。

野球選手の松井秀喜氏のお母さんは
家庭の理想像を「子どもは船乗り、家は港」と言っています。

家族がいつ帰ってきても、安心して休めるところが家というのでしょうか。
互いが支え合って、ほほえみの絶えない家庭を作っておくことです。

そのために人として何が正しく、何が間違っているのかという教えを常に学び、
勉強しておくことが大切になります。

神仏を信じる心を持ち、
やさしさ、思いやり、勤勉努力、感謝の思いを日ごろから培っていく姿勢が、
いつ不安な出来事が起こっても、それを乗り越える力になっていきます。

ここでは特に不安についてお話し致しましたが、
心の健康を保ち、さらに心を正しながら、この身体と一体となって、
自らの幸せと他の人の幸せのために生きていったとき、
やがて心が身体を離れるとき(死を迎えたとき)に、
悔いのない人生であったことを思うのです。

そしてその生き方に合った、あの世の世界へ、人(心)は帰っていくのです。

心の健康を充分には語り尽くせませんでしたが、
心の大切さを今一度考える機会にしていただければ、幸いです。

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