法話

幸せと感謝 3 感謝される自分

仏の心を差し出す

感謝される自分というのも大切で、
それが相手の幸せになり、また私自身の幸せにも通じていきます。

そこで考えなくてはならないことが、
感謝されるにはどんな人になればよいかということです。

そのためには自分のことばかり考えているのでなく、
まわりの人のことを考え理解してあげて、
こちらから自分の出来ることをしてあげることです。

優しさや思いやりの心を差し出してあげることでしょう。
それが幸せなのです。

私たちの心には仏性(ぶっしょう)といって仏と同じ尊い心があり、
その心を充分生かすことで、幸せ感を味わえるようになっているのです。

この仏性に目覚めるためには、
自分がどれだけ与えられ生かされているかを、
日々感じ取っていくことが大事になります。

前章でお話しした、感謝できる人間になって行くことなのです。

さらにこの仏性に目覚め、その仏性を生かしていくためには、
優しさや思いやりを与え、差し出して、相手を幸せにしてあげることなのです。

見返りを捨てる

ここで注意することは、
感謝されなくても、優しさや思いやりを与え続けるという精神です。

人は何かをしてあげると、お返しを望むものです。
それは当然かもしれません。

認められるのは、スポーツなどに言えます。
オリンピックも金メダルを取ろうと互いに切磋琢磨し、
良い意味で競い合いながら、そこに忘れられない感動のドラマを作っていきます。

このことを人の道として考えた場合、
優しさや思いやりを与えても、返ってこない時、
「私がこんなにしてあげているのに・・・」という思いが出て、
不満の思いが心を乱します。

どこかで読んだ本の中に、

自分のまいた種が育って、その花が咲くころには、
私はいないかもしれない。

でも、その咲いた花を誰かが見て「きれいだね」と言って喜んでくれれば、
私はそれで幸せです。

こんな意味の言葉があって、
「ああいい言葉だなあ」と思い、机の前に貼って、忘れないでいます。

「こんなにしてあげているのに・・・」と不平が出そうになるとき、
この言葉を繰り返し読み上げると、心が落ち着いてきて、もとの自分に戻れるのです。

幸せと感謝の関係をお話し致しました。
身近なこの言葉をさらに深めて、みんな共に幸せになっていきましょう。

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