法話

ほんとうの宝 4 教えという宝

神仏の姿としての教え

神仏の姿を具体的に表現したのが、教えの言葉です。

神仏は見えませんが、その教えの中に生きていて、
その教えを学び実践していくところに、神仏が自分に重なり、力を与えてくれます。

教えにそって生きる時、人生の難問を解くことができ、
苦難や悲しみを乗り越えていくことができます。

その苦難や悲しみは教えによって生かされ、人の心の養いになっていきます。
教えはこの意味で、すべてを宝にする魔法の粉といえましょう。

誰よりも尊く価値ある一日

震災で行方不明の人は、15,237名(4月6日現在)もおられます。

その中に24才の未希さんという女性がいます。
彼女は宮城県の南三陸町で防災放送を担当していました。

3階建の防災対策庁舎も津波にのまれ、赤い鉄筋が無残に立ちつくすのみです。
未希さんはその2階で放送していました。

「6メートルの津波が来ます。非難してください」と呼びかけ続けました。
冷静で聞き取りやすい呼びかけが何度も繰り返されました。

昨年婚姻届を出して、今年9月には披露宴を予定していたそうです。

その放送で避難所へ逃げた女性は
「あの放送でたくさんの人が助かった。町民のために最後まで責任を全うしてくれた」
と語っています。

未希さんの名は、未来の未に、希望の希。未来に希望を持つという意味だそうです。

お釈迦さまの教え(『真理のことば』)の中に、

素行が悪く、心が乱れて百年生きるよりは、
徳行あり思い静かな人が一日生きるほうがすぐれている。

とあります。

冷静で聞き取りやすい放送をし、多くの人を助け、
自らは津波にのまれ、今もその生死が分かりません。

でも、お釈迦さまの言葉を信じれば、
この一日は、自分のことばかり考えて百年生きた人よりも、
何よりも代えがたい価値ある一日であったと思います。

そう思うと、命はもしかして失われてしまったかもしれませんが、
自らの命を賭して他を助けたその潔(いさぎよ)さは、後世に長く言い伝えられ、
人々の模範となるものでしょう。

私たちは、未希さんの名のように、
未来に希望を持ち、互いが思いやる心を忘れることなく、
被災地が一日も早く復興し、被災した方々が立ち直って、幸せを取り戻すことを、
心から念じて神仏に祈りをささげるものです。

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